夢を観た。
 君に逢う夢。
 夢の中で君は笑っている。
 君にはずっと笑っていてほしい。
 幸せでいてほしい。

 たとえ、君の隣にいることができなくても。
 たとえ、夢でしか会えないとしても。




Concerto

  written by lapin  .


 story 2 : Masumi
 


















 「おはようございます、社長」

 「ああ、おはよう。今週もよろしく頼むよ」

 水城はにっこりと微笑むと、湯気を立てるコーヒーカップを俺の前に置いた。いつもの香りが心地良く神経を刺激する。さあ、また新しい一週間が始まるのだ。両手を組んで関節を一通り鳴らすと、水城が待っていたようにスケジュールを読み上げ始めた。

 「…UPL社のジョーンズ様との定例電話会議。以上です」

 俺は頷いた。
 一日のスケジュールがチャートのように脳内で展開されていく。何をどこから片付けていくか、くっきりと思い描くことができた。すべて予想の範囲内で動いていた。
 仕事は好調だ。UPL社のロジスティクス部門との業務提携は順調に進んでいるし、業績も悪くない。一年前の危機的な状況を思うと、嘘のようだ。持ち直しただけでなく、むしろ上向き加減だ。

 「それから、もう一点ございました」

 水城がバインダーを捲りながら続けた。

 「なんだ?」

 俺が顔を上げると、水城は複雑そうな笑みを浮かべた。

 「マンハッタンコンサルティングの方がお見えになります」

 マンハッタン、コンサルティング。

 にやりと唇を歪めた老獪な顔が脳裏にぱっと浮かんだ。

 「水城君、確かその話は…」

 「申し訳ございません、真澄様。会長命令でございますので」

 早口でそう言うと、信じられないことに水城はこう付け足した。

 「10時にお見えになります」

 俺は腕時計に目を落とした。9時50分だった。

 「なん、だと…」

 「こちらが資料になります。どうぞお目をお通しください。では」

 逃げるように去っていく水城の背中にペーパーウェイトを投げつけたくなる衝動を抑え込むと、俺は憤懣やる方ない気分でタバコを咥えた。

 あの狸爺。
 これは立派な嫌がらせだ。業績が好調なときに、外部の人間を社内に入れてとやかく言われたい経営者などいるはずがない。大都運輸に移ってからのこの一年間、俺がどんな思いで戦ってきたと思っているのだ。運輸は大都グループの要と言われている。確かに大都芸能とは比較にならない額が日々動く。しかし、一番足を引っ張っているのも間違いなく運輸だ。ムリ・ムダ・ムラ、ついでにムノウ。豊富な実例を間近に見ながら、何とか足をとられないように必死でやってきて、ようやく光が見えてきたというのに、今度はこれだ。

 マンハッタンコンサルティング 主席コンサルタント
 武者小路寿美麗

 げんなりしていた。なんという画数の多い名前だ。目に優しくない。本気で漢詩かと思った。書き下してやろうか。しかも、主席コンサルタントだと。

 東京大学理学部物理学科卒業。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)PhD取得。ハーバード経営学大学院にてMBA取得。ブライアンウォーターハウスクーパーズを経て、2002年入社。2004年より現職。

 舌を巻くほど華麗な経歴だ。だが、そんなものは関係ない。嫌味ったらしい経営コンサルタントの女に大きな顔をさせておくつもりなどない。所詮はおやじの差し金だ。一年前のことを未だに根に持っているのだろう。だが、こんな嫌がらせを受ける謂れはない。

 これは、俺の人生なのだ。
 たとえ、うまく行っても、行かなくても。

 目の前を、いつかの冬の粉雪が舞った。薄闇の向こうで、夢の残像がちらつく。決して届かない遠い笑顔。

 タバコを揉み消すと、俺は再び資料に目を落とした。

 ――武者小路寿美麗

 「とても正気とは思えんな」

 俺は呟いた。

 「何が正気とは思えませんの?」

 涼やかな声が頭上で響いた。     
 







10.07.2006






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