都心のオフィスビル群は雨音に包まれ、深い静寂の淵に沈んでいた。明かりが消えたビルが多く、外からは、それらは巨大な墓標のように見えることだろう。
しかし大都芸能最上階にある社長室は例外だった。
この部屋に横たわる沈黙が好ましくて毎日深夜まで仕事を続けているのではないか、とさえ思えた。
窓につく水滴で、外のネオンが滲んで見える。
・・・はっきり見えないことで綺麗に見える・・・・・・。
そう言ったのは、マヤだった・・・。
真澄は脳裏に浮かんだその言葉を契機に、2年前の記憶を再現した。
「ぼんやりと、でもきらきらしてて、ええと、ろうそくの灯と宝石の光を足して二で割ったみたいな・・・」
「君にしては珍しく詩的なことを言うんだな・・・。ああ、でもその比喩は詩的とは言えないか」
「誰も批評してくれとは言ってませんよ。・・・でも、本当に綺麗ですね」
あれは、「紅天女」千秋楽の日だった。初の本公演の成功を祝ってマヤをレストランに連れて行ったときだったか。食事の後、マヤをマンションまで送った。あのときと同じように、朝から雨が降り続いている。婚約を解消してからはじめてマヤに近づいた日だった。だから、よく覚えている。
マヤは今、映画の撮影でスタジオにいる頃だろう。朝から雨だから傘は持っていると思うが・・・。ああ、専属のマネージャが付いているから送り迎えしているだろうし、その必要はないか・・・。
真澄は自嘲気味に笑った。
・・・婚約を解消して晴れて自由の身になったというのに、なんてざまだ。マヤに近づいたとはいえ、未だにこうして胸のうちでしかマヤの心配ができないとは・・・。
ノックの音が聞こえた。笑みを消して返事をすると、水城が入ってきた。
「真澄様、そろそろ失礼したいのですが・・・」
「ああ・・・。分かった」
「それから、今日、マヤちゃんのマネージャーから連絡がありまして」
「・・・どうした?」
「マヤちゃん、風邪を引いてしまってしばらく撮影を休ませてほしい、と。私も今さっき人づてに聞きました」
「マヤが? ・・・それで?」
「お知らせした方が良いではないか、と。・・・今日は無理をして出ていたらしいんです。マネージャーが説得して早退させて、病院まで付き添ったらしいんです。幸い、インフルエンザではないようですが、かなりの高熱で・・・。帰りはマンションまで送ったとのことです」
「・・・そうか」
真澄は書類を片付け始めた。
「俺ももう帰る。急ぎの仕事はないな?」
「はい」
「じゃあこれで。お先に失礼する」
真澄は隣の部屋でコートを羽織り、水城の方を見ないままドアを開け、出て行った。
水城は下げていた頭を上げ、微笑んだ。

真澄は地下駐車場に置いてある自分の車へ早足で辿り着いた。運転席に乗り込むとワイパーとライトをつけ、腕時計を見た。午後10時13分。
マヤはもう寝ているだろうか。いや、しかし・・・。
マヤのことだ。ちゃんと休んでいるか、分からない。
真澄はアクセルペダルを強く踏み、加速させた。

道がすいていたため、15分と予想よりも早くマンションに着くことができた。オートロックの自動ドア前についているインターフォンを鳴らし、待った。
2分待ったが、反応はなかった。
「寝ているのか・・・」
出ないのなら、仕方がない。あきらめて帰るか・・・と踵を返した瞬間、思いがけない光景が目に入った。
思考回路が停止する。
雨の音が聞こえなくなった。
マヤが歩いていた。
ひとりではなかった。
見たことのない男と一緒に。
肩を抱かれて・・・・・・。
04.04.2006
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