ふたりだけの修学旅行

  written by ともとも さま  


第1話












「はい マヤちゃん、お土産!」

「あ ありがとう、、」

「残念だったね、一緒に行けなくて、、。」

「うん、でも お仕事だったから、、、」

高校生活の中でも
大切な思い出のひとつとなるはずだった修学旅行―――。

しかし マヤはどうしてもスケジュールの都合がつかず、参加することができなかったのだ。授業を休むのはほとんど全く苦にならないが、さすがに修学旅行に参加できなかったのはかなり残念な事だった。教室では あちこちでポケットアルバムを開きながら旅行の思い出話に花が咲いている。

(しかたないよ、お仕事だもん、、、)

マヤはお土産のキーホルダーを手のひらの上に眺めながら少し寂しい気持ちを振り払うようにほぅっと息をもらした。



(かわいそうな事をしたな、、、)

マヤの修学旅行のことを知っていた速水は なんとか参加できるようにしてやりたかったのだが、他の役者とのスケジュールの兼ね合いもあり、どうしてもその日の撮影を延期させることができなかったのだった。

「別に修学旅行なんて 行けなくてもいいです。お仕事、楽しいですし、、。」

そう 水城には言ったらしいが、、、。



「チビちゃん、せっかくのオフに申し訳ないが 次の土日にちょっとつきあってくれないか?」

「は?」

久しぶりに社長室に呼ばれたマヤは 速水の突然の申し出に目をまるくする。

「いや、じつはちょっとしたパーティーがあるんだが一緒に出席してもらおうと思ってね。」

「パーティーって、、、、エーッ!!?絶対イヤですっ!!!」

速攻で首を横にふる。

(そうくると思った。)

「パーティーといってもそうたいして格式ばったものじゃないんだ。俺も顔出し程度ですますつもりだが、さすがに一人では格好がつかないんでね。」

「だからって、どーしてあたしがあなたとパーティーに行かなきゃいけないんですかっ!?」

「もちろん、相手は選り取りみどり、、、といいたいところだが 生憎その日にヒマそうなのはきみくらいなんだ。」

そんなはずはない。
大都ほどの事務所なら、パーティーの相手などそれこそ掃いて捨てるほどいる。
しかし、そんなことはもちろんおくびにも出さない。

「きみもこれからどんどん名前も顔も売っておかなきゃならんからな。これも大事な仕事だと思って付き合え。」

「そ、そんなぁ〜」

いくら格式ばったものではないとはいえ 速水が出席するようなパーティーなんて、きっと自分には場違いなところに決まってる!
マヤはなんとか断ろうと 頭の中であれこれと言い訳を考える―――と、そこに思わぬ言葉が飛び込んできた。

「そうそう、会場は少し遠いんだ。京都なんだが、、」

「えっ、京都!?」

京都といえばつい先日、マヤが断念した修学旅行の行き先ではないか!!

「、、京都、、、、、」

速水はマヤのなかの葛藤が手に取るように伝わってくるものの、あくまでなにげなさそうに続ける。

「パーティーはほんの少し顔を出すだけだから 昼間は十分観光もできるぞ。」

たたみかけるような速水の言葉に マヤは紅潮した顔をパッとあげると 頬がゆるみそうになるのを必死でこらえながら大きな声で答えたのだった。

「わっわかりました!!社長命令なら仕方ありませんからっ!お供させていただきますっっ!!」




―――土曜日の早朝―――

マヤのマンションに水城が迎えにやって来た。

「おはよーございます!!」

「おはよう、マヤちゃん。よく寝坊せずに早起きできたわね。」

「はいっ!!京都って初めてなんですっごく楽しみで。実はあまり眠れなかったんです!」

「ふふっ、そんなによろこんでもらえて、真澄さまもマヤちゃんを誘った甲斐があったわね。」

「え?」

「あ、、いいえ なんでもないわ。さっ急ぎましょう。」

駅までマヤを送った水城は新幹線の切符を手渡しながら繰り返す。

「じゃぁ マヤちゃん、向こうの駅に着いたらすぐに真澄さまの携帯に電話するのよ。到着時間はご存知だから駅まで来てくださってるはずよ。」

「はい、わかりました。じゃあいってきまーす!」

マヤは元気にそういうとグリーン車に乗り込んだ。
番号を確認しながらシートに腰をおろす。

(うわ〜、グリーン車って初めて!!きれい!ひろ〜い!!)

マヤは落ち着きなくキョロキョロとあたりを見回した。
京都まで、二時間ちょっとの一人旅。
速水は他の仕事の都合で前日に京都にはいっているとのことだった。

(京都かぁ〜、みんながいってきたところにもいけるかしら?)

クラスメイトに見せてもらった写真を思い出しながら窓の外の景色を見ていたが、ふとあることに気づいた。
(、、、あれ、?)

いま、自分はひとりで、京都にも速水はひとりでいってるはず。
ということは、、、

「京都で、速水さんとずっとふたりっきりっ!!!???」

今更そんなことに気づき、思わず大声をあげてしまった。
はっと周りを見回してあわてて口元をおさえたが、、、

(うそっうそっ!どーしよー!?)

マヤはただただ、京都にいけることがうれしくてほかのことはなにも考えていなかったのだ。

(ひえぇぇ〜!バカバカッあたしのバカッ!)



呆然としながらもいつのまにか眠っていたらしい。到着の車内アナウンスで はっと目を覚ましたマヤは荷物をひっつかむとあたふたと駅に降り立つ。そのまま しばしぽけっと突っ立っていたが、いつまでもこんなところに佇んでいるワケにもいかないと、ごそごそとポシェットのなかを探り、携帯を取り出した。

(よしっ!)

覚悟をきめたようにパカッと携帯を開く。
その時、

「チビちゃん!」

「うわっ!!」

突然、後ろから声をかけられ飛び上がった。

「速水さんっ!?もぅっ!おどかさないでくださいよーっ!」

「はっはっはっ、すまんすまん。遅れて悪かったな、道が混んでて。チビちゃんが心細くて泣いてやしないかと心配したぞ。」

そういってマヤの頭をぽんぽんとたたいた。

「しかし、よくひとりで来られたな。」

「乗って座ってるだけじゃないですかっ!それくらい、、」

「それと居眠り、、か?」

そういって速水はマヤの頬をちょんちょんとつついた。



「服のシワの跡がついてるぞ。」

「じゃあ、行こうか。」

速水はマヤの荷物をさっと取り上げると歩き出した。

「あ、あの、、、」

「ほら、早くついてこないと迷子になるぞ。」

可愛らしい、いかにも女の子が持ちそうな旅行鞄を平気な顔で提げている速水はなんともアンバランスで思わず顔がにやけてしまう。

「もーっ、待ってくださいよぉー!」

マヤは足取りも軽く、速水のあとを追った。



「一応、俺なりに観光プランを考えてみたんだが、、」

こちらにきて手配した車に乗り込みながら速水はいくつかの名所を口にする。それらは全てマヤが修学旅行でいくはずだったところだ。

「そのほかにもきみの行きたいところがあれば遠慮なく言ってくれ。」

「いっいえ!バッチリ!完璧です、速水さん!!」

こんなラッキーなことはない。
(やっぱり、来てよかった!!)
ウキウキしながら速水から手渡されたガイドブックに目を通す。
速水にしてみれば 前もって修学旅行の行程を把握していたのであまりに露骨すぎたかと内心ヒヤヒヤしていたのだが、そんなことを勘ぐる様子もないマヤにほっと胸をなでおろす。

「じゃぁ、まずは清水寺だ。」

そういうと速水は車を発進させた。




「うわーっ、ここが清水の舞台ですね!うわったっかーい!」

「ここから京都の街が見渡せるな。」

「ほんとだ!すごーい!」

「あれ、みんな何にならんでるのかしら?」

「あぁ、あれは音羽の滝といって飲めば不老長寿、無病息災が叶うといわれてるんだ。」

「ふぅーん、、じゃああたしもならぼっかな。」

「あぁ」

「あれっ、速水さんも並ぶんですか?」

「悪いか?」

「悪くはないですけど、速水さんには必要ないんじゃないですか?」

「?どういうことだ?」

「だって“憎まれっ子、世にはばかる”っていうじゃないですかー!」

「なっ、、」

「あははっ!あたしは並んでこようっと!」

マヤは笑いながらさっさとひとりで行ってしまう。

「やれやれ、きみにはかなわんな。」

そういいながらも速水は楽しそうにマヤの後についていった。



「ん?なんだろ、石にはちまき、、“恋占いの石”、、?」

「これはな、目を閉じてもう一方の石までたどりつけると恋が成就するっていう、、いわゆる縁結びだな。」

「わぁー、おもしろそう!よーし、やってみよ!!」

(え?おいおい)

「って きみ、そんな思い人がいるのか?」

つとめてさりげなさそうに尋ねてみる。

「えっ、、あ そうか!片思いしてる人専用なんだ!じゃぁ、あたしは両思いだから関係ないんだ!!」

(なにっ!?)

聞き捨てならないマヤの言葉に動揺しながらも あくまでポーカーフェイスで速水はからかうように言い放つ。

「ほぅ、それは初耳だな。チビちゃんにそんな人がいたとは、、」

「うふふっ。」

しあわせそうに微笑むマヤ。

「、、、誰だ?」

「え?」

「きみの、、両思いの相手だ、、」

さっきまでの余裕はどこへやら、思わず真剣に問い詰めてしまう。

「やだ、速水さん、なに怒ってるんですか?」

「べ 別におこってなんかいないっ!社長としてだな、、」

「速水さんもよく知ってるじゃないですか。」

「!!??俺、、が、、?」

「あたしが好きなのは紫の薔薇のひとに決まってるじゃないですか!いつもいってるでしょ!?」

!!!

「あんなにあたしのことを気にかけてくださってるんだもの、紫の薔薇のひとだって、きっとあたしのこと好きでいてくださってると思うの。ね?速水さん!」

「あ、、あぁ、、そう、、だな。きっと、、そうなんだろうな、、、。」

「ふふふっ。」

マヤはすこし照れくさそうに でもうれしそうに笑った。



「ねぇ 速水さん、こーゆーの石畳って言うんですよね!」

「ほぅ、よく知ってるな。」

「へへ、、、、修学旅行が京都だったんでクラスメイトに教わったんです。あたしも来られると思ってなかったからほんとラッキーです!なんか風情があっていい感じですよね、町並みとかも、、キャッ!」

「おっと!大丈夫か?」

「あ、、すっすみません!!」

つまずいてころびそうになったマヤを速水がすばやく抱きとめる。速水は真っ赤になったマヤがとても可愛らしくて、ついからかってしまいたくなる。

「これで俺はきみの命の恩人というわけだ。」

「?何ですか、それ??ころびそうになったぐらいでおーげさな!!」

「ここはな、産寧坂(さんねいざか)、、別名三年坂といってころぶと三年以内に死ぬといわれてるんだぞ。」

「えーっ!!ウソッ!!」

「ははははっ、まぁ迷信というやつだろうな。さんねいと三年をかけてるわけだ。」

「ふーん、、」

「さて、命をすくったお返しになにをしてもらおうかな?」

「え?」

ふと見上げると異常に近づきすぎた速水の綺麗な顔が、、、

「////////なっっ!!」ドンッ!!

「うわっ!!!」

マヤは思わず力いっぱい速水の胸元をつきとばした!
ドッシーン!

「、、つぅ、、」

「キャッ!ご、ごめんなさい!!大丈夫ですかっ!?」

シリモチをつくほど強くつきとばしてしまって さすがのマヤも申し訳なくなってしまった。

「やれやれ!ひどいなきみは、恩人にむかって。」

スーツのほこりを軽くはたきながら立ち上がると、さもあてつけがましく嘆いてみせる。

「あぁ、これで俺もあと三年の命ってわけか。」

「ふ、ふんっ!!だって速水さんがいけないんですもん!!自業自得ですっ!!」

「フッ、チビちゃんにしてはむずかしい言葉を知ってるじゃないか。」

「///////モ――ッ!」

「ハッハッハッ!!さぁ次は、、、ん?どうした?」

みるとマヤはなにやら思いつめた表情で速水を見つめている。

「、、あの、その、速水さん、、、」

「なんだ?」

「ホントにホントは平気ですよ、、ね?」

「?なにが?」

「だって、速水さんのこところばせちゃったから、、あたし、、」

「!!プーックックックッ!なにを言い出すかと思ったら。」

速水は大声で笑い出した。

「だってだって速水さんが、、、変なこというからっ!」

みるとマヤの大きな瞳にはうっすらと涙がにじんでいる。
ドキン!

「おいおい、これくらいのことでこの俺がどうにかなると思うのか?」

「で、でも、、」

「俺は憎まれっ子だからな、少々のことじゃビクともしないぞ。」

速水はやさしくマヤの頭をなでてやる。

「や!やだもおっ!いじわるなんだから!」

やっとマヤが笑ってくれたので、ほっとしながらも他愛ないこととはいえマヤが自分のことを気にかけてくれたことになんだかくすぐったい気持ちになる。

「さぁ、行こうか。」

「はいっ!」




その後も 金閣寺、銀閣寺と定番の観光スポットをめぐる。

「ねぇねぇ速水さん、あれは?」

「あぁ、あれは、、」

見るもの全てに興味を示し、あれこれと質問するマヤに 速水はひとつひとつ丁寧に説明してやる。

「やっぱり素敵ですね、京都って。なにげない風景まで、、、」

「そうだな、歴史のある町というのは味わい深いものだな、、、」

(こんなにも穏やかな気持ちですごすのはひさしぶりだ、、、)
それは この町の雰囲気のせいなのか、それとも、、、
速水はそっとマヤの方を見やる。
瞳を輝かせながら景色を眺めるマヤの横顔。
(フッ、、やはりそれだけではなさそうだ、、、。)

「なんですか?速水さん?」

視線に気づいたマヤが 速水を振り返る。

「あ、あぁ いや、なんでもない。」

「なんか今、あたしのことじっと見てませんでした?」

「なっなに言ってるんだ、自意識過剰なんじゃないか?」

速水は顔が赤らむのを感じてあわてて顔をそむけた。

「ふーんだ、自意識過剰で悪かったですねーっだ!」

「プーックックッ、わかったわかった、たしかにきみは魅力的だよ、チビちゃん。」

「もーっ、すぐそうやってからかうんだからっ!それに チビちゃんは余計ですっ!」

「はっはっはっ!すまんすまん。」

そういいながらも速水の高笑いはなかなか止まらない。

「もーっ!知らないっ!」




「さぁ、本日の観光はこれくらいにしてそろそろ宿にいこうか。」

「え、、?だって速水さん、パーティーは?」

「あぁ、そうだ、言い忘れていた。じつは、その件は、なくなったんだ。」

「えーっ!?いったいどうしたんですかっ?」

マヤにとってはありがたい話だが、自分は本来そのために京都まで出向いたのではないか。いぶかしげに見つめるマヤに 速水は早口にまくしたてる。

「きみにはせっかくこんなところまでつき合わせて全く申し訳ないんだが、急な事でね。もうきみがこちらにむかっていた頃に決まったものだから、、、。」

なんとも苦しい言い訳である。そもそも、パーティー自体あるにはあるのだが実は速水は最初から出席する気などなかったのだ。マヤの修学旅行の件を耳にはさみ、なんとかして連れて行ってやりたいとわざわざ京都での、しかもたいして重要でもないパーティーを探し出し、それにかこつけてマヤをつれだしたのだから。
水城などの手前、なにもないのにマヤを連れて行くのはあまりにかっこうがつかないと思った速水は、一旦はパーティーに出席するように段取りをくみ、そのあとみずからキャンセルしたのである。もっとも、本当にパーティーに出席してもよかったのだが、限られたわずかな時間をマヤにわずらわしい思いをさせずに京都を堪能させてやりたかったのだ。もちろん ぬかりのない速水のこと、きちんと前日に主催者側に出向き、丁寧に挨拶をしてきたので相手側としては、大都の速水真澄がじきじきに尋ねていったことを大層歓迎し、パーティーに出席するよりも良好な関係を築くことができた。
そんな速水の計らいなど想像もしないマヤは、

「なーんだ、速水さんてば仕事の鬼とか言われてるわりには結構間が抜けてますね!」

と、ここぞとばかりにやりこめる。

「まったく面目ない。しかし、俺もきみに間抜け呼ばわりされるとはな。」

さすがの速水も苦笑するしかない。

「うわ〜っ!じゃぁ、あたしホントに観光だっけに来ちゃったんだ!すっごいラッキ〜!!なんてツイてるんろ!!」

素直に喜ぶマヤに、自然と速水の表情もほころぶ。

「フッ、、、たしかにきみの運の強さは認めるよ。」

「でしょ!?なんたって速水さんの嫌がらせにも負けずにいままでやってきたんですから!あっ、じゃぁ、すこしは速水さんも役に立ってるってことですかね?」

「どーゆー意味だ!?」

「速水さんのイヤミで鍛えられてる部分もあるってことには感謝しなくちゃかも!」

「なっ、、!」

絶句する速水を見て、してやったりと得意満面のマヤであった、、が、、、、

「さぁ、着いたぞ。」

「、、あ、、はい、。」

返事はしたものの なかなか車から降りようとしないマヤを不審に思っていると、

「あのっ、速水さん!」

「なんだ?」

「あのっ、お部屋はモチロン別々ですよねっ!?」

、、、、、ふたり、しばしの沈黙。

プ―――ックックックッ
ア―――ッハッハッハッ!!

「なんだ、さっきから随分大人しいと思ったらそんな心配をしてたのか?」

「そっそんなってなんですかっ!?あたしだって年頃の女の子なんですからねっ!!」

マヤは赤い顔をますます赤くしながら速水につっかかる。

「そうだったな、すっかり忘れてたよ。」

クスクス、、
「もちろん、ちゃんと二部屋予約してますよ。まぁ、俺はどちらでもかまいませんが?」

「!!じょっじょーだんっ!!! もちろん、別々に決まってますっ!!」

「たしかに そうしないと俺も寝かせてもらえないと困るしな。」

「!!??」

「きみ、寝相悪そうだからな。俺もまだ命は惜しい。」

「///////!も―――っっ!」

真っ赤になってふくれるマヤ。

「クスッ、さっきのお返しだ。」

愉快そうに言うと、速水はマヤをエスコートしながら宿に向かった。



「おかえりなさいませ、速水さま。お疲れ様でございました。」

「あぁ、今日もお世話になります。」

どうやら、昨夜も速水はここを利用したらしい。

―――純和風のこじんまりした割烹旅館-――

普段なら、一人で出張に出かける時などはホテルを利用することがほとんどであるが、今回はできるだけマヤに京都の雰囲気を楽しませてやりたいとの配慮から速水が選んだのだった。

「速水さま、御夕食の方はいかがいたしましょう。」

「そうだな、、。どうだ チビちゃん、夕食ぐらいはつきあってくれるだろう?」

「え、えぇまぁ、、。」

「では、一時間後に俺の部屋に頼む。」

「はい、かしこまりました。では、お部屋の方へご案内いたします。」



「今日は、どちらを周られたんですか?」

部屋に案内してくれた仲居が、お茶をいれながらマヤに話しかけてきた。

「はい、今日は、、」

マヤは今日のことを楽しそうに話した。

「まぁ、それはようございましたね。」

「はい!京都ってとっても素敵なところですね。」

「ふふっ、気に入っていただけて私どももうれしいですわ。そうそう、御夕食までまだお時間がございますので よろしければ露天風呂でもはいっていらっしゃったらいかがですか?」

「わぁ!露天風呂があるんですか!?」

「はい、当館自慢の檜の露天風呂でございます。ぜひどうぞ。」

「は〜い!!そうします。」



「ふぅ、、、いい気持ち、、」

ちょうどタイミングよく貸切状態の露天風呂でゆったりと足を伸ばす。かすかに檜の香りがする露天風呂は心身ともにマヤをリラックスさせてくれる。

(ホントについてるなぁ。パーティーはなくなったし、あきらめてた京都観光はできたし。)

その時、ふとマヤは違和感を覚えた。

(やっぱり、、、ちょっと変よね。あの速水さんがパーティーをドタキャンされたり、おまけに一日あたしに付き合ってくれるなんて。)

そうは思うものの、もともとあまり物事を深く考える方ではない。

(、、まぁ、あたし的にはラッキーよね!フフッ、それにしても夕食どんなんだろ?)




「おじゃま し ま、、す、、。」

マヤが速水の部屋へとやってきた。

「あぁ、、、」

マヤを迎え入れた速水はそういったきり絶句してしまった。浴衣姿でしかも湯上りのマヤは いつもの幼いばかりの少女ではなく、わずかに色気すらただよわせていて速水はしばし目をうばわれる。

「あれ、速水さんも露天風呂はいってきたんですか?」

同じく浴衣姿の速水に話しかける。

「あっ、あぁ、、」

「いいお湯でしたよね、あとでもっかい入ってこよっかなぁ。」

「あぁ、そうだな。いい湯だったな。」

どうも思考がうまく働かない速水はオウム返しに答えた。そんな速水の様子などまるで眼中にないマヤの視線は はやくもテーブルの上の料理にそそがれている。

「わぁー、綺麗、、、。」

凝った器に繊細に盛り付けられた料理の数々、、。

「なんだか食べるのがもったいないみたい。」

「そうだな。だが、、」

グーッキュルル、、

(やっぱり、、、、)

「どうやら きみのおなかはそうは思っていないようだな。」

やっとふだんの調子をとりもどした速水はクスクス笑いながらマヤをからかう。

「//////しょーがないでしょっ!!こっちはまだまだ育ち盛り、食べ盛りなんですからねっ!!速水さんと違ってっ!!」

「わかったわかった、さぁ、、」

速水が向かいに座ったマヤのグラスにウーロン茶を注ごうと腕を伸ばしてきた。

「あっ、ども。」

マヤは両手でグラスを持ち上げ 速水に差し出す。
トクトク、、
ウーロン茶のビンをおくと 今度は銚子に手を伸ばす。

「あっ、あたしが、、、」

そういって腕をのばすがテーブルがひろくて届きそうにない。マヤはぱっと立ち上がり 速水のよこにやってきてチョコンと座ると、その手から銚子をとりあげた。

「はい、どうぞ。」

そういって慣れないながらも慎重な手つきで銚子をかたむける。

「これはこれは、、チビちゃんにこんなマネができるとは思わなかったな。」

「ふふんっ、ちょっとは見直しました?」

「しかし困ったな、雨が降ったら明日の観光が台無しだぞ。」

「!!も――っ!!」

ドンッ!!

「うわっ!!」
「キャッ!!」

またしてもマヤに突き飛ばされ、あぐらをかいていた速水はバランスをくずす。そのうえにマヤがのしかかるように倒れこんでしまった!

「お、、おい。」

押し倒されるかたちになった速水は胸にすっぽりとおさまったマヤのちいさな体を受け止める。やわらかくあたたかいそのちいさな体に思考が固まり、身動きさえできない、、、。
一方、マヤはジタバタともがき起き上がろうとするが 倒れた拍子に浴衣の袖が速水の体で押さえられてしまって思うように体を起こせない。

「ちょ、ちょっと速水さん!なんとかしてください〜!」

ジタバタ、、

「あ、あぁ、大丈夫か?」

はっとして、あわててマヤの肩をおしあげた。

ズルッ

「キャッ!!」

袖を押さえられたまま押し上げられたので 襟元がみだれ、速水の眼前にマヤの白いうなじと左肩が一瞬さらされる。

ドッキ――ン!!

硬直する速水。

「速水さ〜ん、はやく起こして〜!」

もがくたびにちらと覗く白い肌が速水の視線を釘付けにする。

「速水さんってばーっ!!」

マヤの大声にやっと我に返った速水は なんとかもがくマヤを抱いたまま起き上がった。

「あービックリした!!」

頬を上気させ、少し息を乱したマヤをしばしぼうっと見つめていたが、、、

「きゃっ、やだ!ごめんなさいっ!」



マヤがテーブルに置いてあったおしぼりで速水の浴衣の胸元を押さえてきた。

ドッキ――――――ン!!!!!

またしても固まる速水。
どうやら 倒れこんだはずみで手にしていた杯のお酒がこぼれたらしい。

「ごめんなさい!熱くなかったですか?」

浴衣の染みをこすりながら速水の顔をのぞきこむ。そのなんとも愛らしい表情と少し乱れた襟元からのぞく白い肌に思わず顔が赤らむ。

「あ、ありがとう、もう大丈夫だ。」

そういうとマヤの手をそっと押さえる。

「ほんとにごめんなさい、あたしったらそそっかしくて。」

アハハッと笑うマヤに速水はコホンと咳払いをすると、少し目をそらす。

「あーチビちゃん、それより ソノ なんだ、、」

「は?」

「、、少し浴衣を直した方がいいんじゃないか?」

「へ?」

見ると、襟元だけでなく裾も少しはだけてしまっている。

「キャ――ッ!!速水さんのエッチッ!!」

「なっっ!!」

真っ赤になりながら後ろをむくとゴソゴソと乱れを直し始めたが、不器用なマヤはなかなかうまくできない。

「おいおい、こっちの部屋でちゃんと直して来い。」

そういって隣室へ続く襖を開けた速水は中を見るなりピシャリと閉じる。

「?どうしたんですか?」

「いやっ、俺があっちにいるからきみはここで直してろ!」

そういうとそそくさと襖のむこうに消えた。
???

「はぁー、、」

速水はその場にどっかりと腰を下ろすと深々とため息をつく。
そこには一組の布団が敷かれてあったのだ。
そういえば、後で出入りされるのが億劫で先に敷いておくように頼んだのだった、、、。
ぼんやりと布団を見つめながら今の状況を思い返してみる。
襖一枚隔てたところで今マヤが浴衣を、、、、

(おいっ!俺はなにを考えているんだっ!!相手はあのチビちゃんだぞっ!?)

そう言い聞かせるそばから 先ほど目にした白い肌が脳裏にちらつく。

(えーいっくそっ!!)

速水はパンッと自分の両頬をたたくとすっくと立ち上がった。

(やれやれ、俺としたことが、、)

そしてふと自分も浴衣が濡れていることを思い出し、ついでだと枕元の衣装箱にあった予備の浴衣に手を伸ばした、、、。

「お待たせしました!さーっ食べま、、」

ようやく浴衣を直したマヤが勢いよく襖をあけた。

「うわっ!」

「,、、、!!キャ―――――ッ!!」

バシンッ!!
「イタッ!!」

マヤは再び勢いよく閉めた襖に指先をはまんでしまった。
速水は手早く浴衣の帯を結ぶと襖を開けた。

「どうした?大丈夫か?」

見るとマヤは左手の中指と人差し指をぎゅっと握り締めて座り込んでいる。

「なにをやってるんだ。どれ、見せてみろ。」

そういってマヤの手首にふれようとした、がマヤはぱっとその手をはらう。

「だ、大丈夫です!!そっそれより速水さんこそなにやってたんですかっ!?」

「なにって、、濡れた浴衣を着替えてただけだが。」

!!!

「も―――っ!!びっくりするじゃないですかっ!!」

マヤが襖を開けたとき、ちょうど速水は新しい浴衣に片袖を通そうとしていたところだったのだ。

「びっくりしたのはこっちだ。まさかきみに着替えをのぞかれるとは思わなかった。」

内心の動揺を悟られまいとわざとふざけてみせる。

「見られて怒られるとはふんだりけったりだな。」

「!!べっ別に見たくて見たわけじゃありませんっっ!!」

これ以上はないというほど顔をまっかにして抗議するもののたしかにいきなり開けた自分に非があるのはわかっているのでどうにも分が悪い。

「もういいですっ!!はやく食べましょっ!!」



料理はとてもおいしくて、すぐに機嫌の直ったマヤに速水もほっと胸をなでおろす。

「どうだ チビちゃん、明日も少し時間があるがほかに行きたいところはないか?」

「う〜ん、そうですねぇ、、、、」

行ってみたいと思っていたところは今日すべて観光できたので 特にほかには思いうかばない。

「速水さんにお任せします。」

「そうか。」

マヤの満足そうな様子を見て速水も満たされる思いがする。

(やっぱり連れてきてよかったな。)

「ごちそうさまでした!とってもおいしかったです!」

「そうか、気に入ってもらえてよかったよ。」

本当はもう少し一緒にいたい気持ちもあったが、こういう状況で夜遅くまで引き止めるのはさすがにまずいと思う。

「今朝は早かったからな、はやくやすみなさい。」

「はぁい!じゃぁ おやすみなさい。」

「あぁ、おやすみ。」



一人になった部屋で 速水はふぅっと息をはく。
それにしても今日のマヤはいつもに増して予測のつかない行動が多くて翻弄されてばかりだったなんとか余裕のある態度で接したつもりだが不自然になってはいなかっただろうか。自分の言動に自信が持てないなどという経験は、マヤを相手にした時以外はまずありえない。つくづく自分にとって彼女が特別な存在であるということを認識させられる。

(まったく、俺ともあろうものが、、)

あんな小さな少女にふりまわされるのが楽しいなんて 自分が信じられない思いがする。彼女の喜ぶ顔が見たい、ただそれだけのために行動したがる自分がいる、、、。速水にとって 彼女といるときの自分は本来の自分とはかけ離れているはずなのに、不思議と心地よいのも事実なのだった。

―――本来の自分―――

それはあまりに純粋な彼女とは不釣合いな存在に思われるものの、いや、だからこそ彼女に惹かれずにはいられないのかもしれない。確信に近い思いと認めたくない気持ちがないまぜになって速水の胸を揺さぶる。珍しく感情に流されそうになる自分をもてあましながら速水は固く瞼を閉じた、、、。



「あ〜おなかいっぱい!シアワセ!」

パフン、
自分の部屋に戻ったマヤはすでに敷かれていた布団の上に倒れこんだ。

(それにしても、、、)

こちらに向かう間、あんなにも不安だった速水との二人きりの時間は以外なほどここちよく、かえってマヤを戸惑わせる。

(今日は一日速水さんを運転手とガイドさんにしちゃったなぁ、、なんか、申し訳なかったかも、、)

そんなことを思いながらもいつしか深い眠りへと落ちていった、、、。







06.09.2005



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