ふたりだけの修学旅行

  written by ともとも さま  


第2話












「おはよーございまーす!」

「あぁ、おはよう。」

翌朝、速水の部屋にやって来たマヤは朝から元気いっぱいだ。

「随分ご機嫌だな。夕べはよく眠れたか?」

「はいっ、おかげさまでぐっすり!」

「そうか、、、それにしても朝からよく食うな。」

「グッ、、もう、またそんなこと言うっ!!おいしいんだからしょうがないじゃないですかぁ。」

そういいながらもマヤは機嫌をそこねた様子もなく、パクパクと旺盛な食欲を披露する。

「フッ、そんなにあわてなくても逃げては行かんぞ。」

「だって、今日はもう東京に帰らなきゃいけないんだもの。早く準備して出かけましょう!ねっ、速水さん!」

「わかったわかった。」



「ごちそうさまでした!速水さん、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

「まぁそうあせるな。その前に、、」

そういうと速水は部屋の電話に手をのばした。

「あぁ、、おはよう。食事が終わったので例の、、、あぁ、そうだ。よろしく。」

受話器を置いた速水を不思議そうに眺めていると 部屋の扉がノックされる。速水が立っていって扉をあけると

「失礼いたします。速水さま、こちらのお部屋でよろしゅうございますか?」

「あぁ、よろしくお願いします。」

大きな風呂敷包みを持って、三人の着物姿の女性が入ってきた。



「おはようございます。ではお嬢様はこちらへ、、」

「は?あ、あの、、」

あっけにとられているマヤを襖の向こうへと促す。

「あのっ、いったい、、」

「あらまあ、速水さまったら内緒になさってたんですか?ふふっ、ご安心くださいませ。きっとお似合いになりますよ。」

そういいながら開かれた風呂敷の中からあらわれたもの、それは、、、、



「速水さま、大変おまたせいたしました。どうぞ。」

そういって開け放たれた襖の奥には、、、


目にも艶やかな舞妓姿のマヤが恥ずかしそうにうつむいて座っていた。

「、、、、、これは、、」

予想以上の可憐さにしばし言葉もなく立ち尽くす。

「、、え〜っと、あのこれ、、」

とまどったような視線をなげかけるマヤ。
京紅がひかれたその目元、小さく紅をさされた口元がなんとも愛らしい。

「では、失礼いたします。」

そういって部屋をでていく女性たちに上の空で礼をのべると、速水は魅せられたようにゆっくりとマヤに近づき そっと手を差し出した。マヤは少し恥ずかしそうに速水を見上げ、差し出された手に自らの手を預け、ゆっくりと立ち上がる。


だらりの帯が揺れ、花かんざしが揺れる。
和化粧のおしろいの香りがかすかに漂う。
無言で見つめる速水にマヤはなんだかいたたまれなくなる。

「あの、、」

はっと我に返った速水はようやく口を開く。

「、、あぁ、、驚いたな、、、。よく、似合ってる、、、。」

スーッと耳まで真っ赤になったマヤはふたたび俯く。

「、、ほんとですか?なんか速水さんにほめられるのってめったにナイから、、、」

照れ隠しにわざとすねたような口調でつぶやく。

「フッ、、きみも素直じゃないな、、、。」

そういうとそっとマヤの頬に触れる。
ゆっくりとマヤが顔を上げる。
花かんざしが揺れる、、。

「本当だ。とても、、、似合ってる。」



これ以上ないというほどやさしい眼差しで見つめる。
その瞳に捕らえられ、マヤの瞳が揺れる。
ドキン ドキン ドキン
つられて心臓が鼓動をはやめる。
次第に息ぐるしくなり、やっとの思いでマヤは視線をそらした。

「どうだ、チビちゃん。せっかくだから今日はのんびりとその辺を散歩しないか?」

「え、、、あ、はい、、って この格好でですか?」

驚いたように自分の姿を見下ろす。

「フッ、当たり前だ。このへんは散策にはもってこいの場所だしな。」

速水にうながされ 素直に頷く。

「えっと、履物は、、」

「これだ。」

そういって足元に差し出されたのは おこぼと呼ばれるかなり底の厚い下駄だった。慣れない着物姿ですこし屈みづらそうにしていると

「どれ。」

「あ、あの、、」

「肩につかまっていろ。」

「あ、はい、、」

マヤの足元に片膝をついた速水はそっとおこぼを履かせてやる。
ドキン ドキン、、
いつも見上げてばかりいる速水が、自分の足元にひざまづき、自分の足に触れている、、。
ドキン ドキン、、
落ち着きを取り戻しかけていたマヤの心臓がまたしても騒ぎ出す。

「さぁ、いこうか。」

「あ、、、はい。」



「速水さま。」

フロントに下りていくと、女将が声をかけてきた。

「散策に行かれるのでしたら どうぞお使いくださいませ。よい場所までは少々歩きますので、お連れ様にはそのほうがよろしいかと、、。」

見ると、玄関先に一台の人力車が止められてある。
たしかに、慣れない底の厚いおこぼでは少し大変かもしれない。

「あぁ、そうだな。ありがとう。」


「速水さまですか?」

ふたりが玄関をでると、俥夫が話しかけてきた。

「あぁ、よろしく頼むよ。」

「はい、ではお連れ様からどうぞ。」

俥夫が手を差し出すより早く、速水はマヤの手をとると乗るのを手伝ってやる。

「あ、ども、、よいしょっと。」

続いて速水が乗り込む。
二人を乗せた人力車がゆっくりと動き出した。
舞妓姿のマヤと人力車に揺られている―――このなんとも現実離れした出来事に一瞬速水は甘美な夢の世界に迷い込んだような気がした、、、。


「このへんは散策には絶好の場所なんですよ。」

「どうもありがとうございました。」

速水に手を取られながらマヤは石畳の上に降り立つ。

「じゃぁ、少し歩こうか。」

「はい。」

こっぽ こっぽ こっぽ、、
マヤが歩くたびに その足元からうまれるおこぼの音が速水の耳に心地よく響いてくる。

「わぁ、、きれい、、」

石畳に佇み、咲き乱れるソメイヨシノをうっとりと見上げるマヤの横顔はなんとも可憐で、速水は唐突に抱きしめたい衝動にかられる。そんな思いを押し殺しながら、ただマヤを見つめ続ける―――。
彼女が動くたびに背中でだらりの帯が揺れる。
風に枝を揺らしながら花びらがマヤのまわりを舞っている。

「、、、舞い落ちる桜って、きれいなんだけど、、なんだか寂しいですね、、、、。」

ひとりごとのようにポツンとつぶやくわずかな唇の動きにさえ捕らえられてしまう。そんな自分がなかば信じられない心地で、でもやはり目は彼女だけを追ってしまう。
彼女の横顔で 花かんざしが 揺れている―――。


「あの〜、すみません、、、。」

振り返ると、数人の学生らしいグループのなかの一人がおずおずと二人のそばに近づいてきた。

「なにか?」

マヤが人懐こい笑顔を浮かべながら声にこたえる。

「あの〜、もしよかったら一緒に写真を撮らせてもらえませんか?」

一瞬、北島マヤだとばれたのかと思ったが、どうやらそうではなく舞妓さんと撮りたいということらしい。

「あ、あの、ごめんなさい!あたし、本物じゃなくて、変身舞妓なんです!」

マヤが申し訳なさそうに断ったが

「そうなんですか。でも、もしご迷惑じゃなかったらお願いできませんか?」

そういわれ、マヤはどうしようという風に少し離れたところに立っていた速水の方に視線を向けてきた。速水が軽くうなずくと、マヤはにっこり笑って、

「じゃぁ、あたしで良ければ、、、」

「きゃー、よかった!ありがとうございます!」

その様子をうかがっていたほかの学生たちがどっとマヤのそばに集まってきた。

「わぁ、きれい!」「かわいい!」

同世代らしいことがお互いに感じられ、あっという間に打ち解けたマヤが話しかける。

「みんなはどこから来たの?」

「わたしたちは東京から修学旅行で!」

「わぁ、やっぱり修学旅行なんだ!ねぇ、どんなところに行ってきたの?」

「えーとね、、」

入れ替わり立ち代りマヤの両側に立ち並び、記念写真を撮りながらも少女たちの話題はつきない。

「どうもありがとうございましたー!」

口々に礼を言い、お互い手を振って別れた後。

「お疲れさま。」

女子高生パワーに押されて、すっかり傍観者になっていた速水がようやく口を開いた。

「あ、すみません!すっかりお待たせしちゃって。」

少し頬を上気させたマヤが近寄ってくる。

「いや、、、ずいぶん楽しそうだったな。」

「はいっ!なんだかあたしまで修学旅行気分を味わえちゃいました。」

「そうか、、、なら よかった。」

速水は楽しそうに話すマヤを満足気に見つめながらつぶやいた。


「そろそろ戻ろう。」

「あ、はい。」

さりげなく差し出された速水の手に素直に手を重ねる。
こっぽ こっぽ こっぽ
桜が舞い散る石畳の上を ゆっくりゆっくりマヤの歩調に合わせながら、速水はそのひと時を胸に刻みつけていた。



「ほんとに色々ありがとうございました!」

旅館にもどり、着替えを済ませたマヤはペコリと頭をさげる。

「どういたしまして。こっちこそせっかくのオフに連れ回してすまなかったな。これはその、、お詫びというか お礼だ。」

そういって小さな箱を差し出す。

「え!?そんな気を使わないでください!あたしもすごく楽しませてもらったんですから。」

こまったようにマヤが両手を左右にふる。

「遠慮は無用だ。どうせ俺が持っていても役に立たんものだからな。」

「はぁ、、じゃぁ、遠慮なく、、。」

おずおずと小箱を受け取る。

「開けてみてもいいですか?」

「あぁ、、」

コト、、、

「あ!速水さん、これっ!」

それは、先ほどまでマヤが付けていた花かんざしだった。

「これ、ほんとにいただいていいんですか?」

「あぁ、、、よく似合ってたからな。」

ぱっと顔を真っ赤にしながらも満面の笑みで礼を言うマヤを、速水はやっぱりからかってしまう。

「そう素直に感謝されると なんだか気持ち悪いな。」

「もっ、も―――っ!!速水さん、なんかあたしのコト誤解してませんっ!??もともとあたしは素直なんですよっ!!」

「ほほぅ、それは知らなかったよ。」

クスクス、、

「速水さん、自分がひねくれてるからってみんながみんなそーだと思わないで下さいっ!」

「あぁ、それは悪かったな。」

なおも笑い続ける速水を少しにらんだものの、いつのまにかマヤもつられて笑っていた。





「おかえりなさいませ、真澄さま。マヤちゃん、京都はどうだった?」

「はい!とってもよかったです!桜もすっごくきれいだったし。あー、また行きたいくらいです!」

「そう、それはよかったわね。」

東京駅まで迎えに来ていた水城は、楽しそうにマヤの話に相槌を打ちながらチラッと速水に視線をむける。

「ゴホンッ!あぁ、水城くん。留守中になにか変わったことはなかったか?」

少し居心地の悪さを感じた速水は しらじらしく話題を変えようとする。

「はい、メールでお送りした件以外は特に、、あっそうそう!」

水城も負けずにしらじらしく手をパチンとたたく。

「真澄さまが今回出席される予定だったパーティーの主催者側から、、」

「あっ!あぁ、その件はあとでいいっ!!そんなことより早く社に戻るぞっ!」

速水はあわてて話を打ち切るとさっさと車に向かって歩き出す。

「、、ねぇ、水城さん、、」

速水の突然の不自然な言動に、不思議そうにマヤが口を開く。

「なんか、速水さん 変じゃありません?」

「さぁ、、」

水城はクスクス笑いながら肩をすくめてみせた。

(当の本人は全く気づいてないんだから、、真澄さまもお気の毒に、、)

そう心の中でつぶやきながら――










fin




06.10.2005







 あとがき 



■ともともさんより

以前訪れた清水の舞台の壁紙とかわいく飾られたタイトルに出迎えられ、細部にわたる咲蘭さんのお心使いに感激しつつ、next,,スクロール、、dokidkoi ,,
で、でた〜っ!!(それはまさに沙都子が画面に出たときのつきかげの皆があげた歓声の ごとく!)か、カワイイ、、可愛いっ!あでやかな着物姿で花かんざしをつけて頬染めるマヤちゃん!
これです、これですよっ!ワタシが会いたかったマヤちゃんはっ!!
よくもワタシの拙い描写でここまでくみとってくださいました!
あぁ、しあわせ、、、え、、あれ、、
「う、うそ〜〜っ!!?」
なんと、しあわせなのはワタシだけではなかった!
この愛しいものをみつめる速水若社長のなんとしあわせそうなこと!!(しかも白スー ツッ!!)まさかこんなしあわせな表情の速水さんにまで出会えるなんて、、、なんて贅沢なんでしょう、、。
この拙いお話を読んでくださった皆さん!
咲蘭マヤマスのおかげで!(お話はさておき!笑)きっとみなさんもしあわせ〜な気持ち になってくださったことと思います〜(*^。^*)
ほんとうにありがとうございました!!


■咲蘭よりお礼

ソメイヨシノと舞妓さんですよっみなさんっっ…。
すいません、コレを寄贈してくださったのは、なんと4月のことなんですぅぅぅ。こんなにも熟成させてしまって申し訳ありませんでしたっっ!!
ともともさんの高校生マヤちゃんは、以前より密かに咲蘭のお気に入りだったわけなのですが、今回この舞妓マヤちゃんをsceneに寄贈してくださり、感謝感激です。
目に浮かぶような舞妓マヤちゃんと、それに目を奪われる速水真澄。
きゃ==♪スキスキ。っつうわけで、余計な挿絵を2枚挿入してしまいました。
イメージを大幅に壊していないことだけを切に願いつつ…。

ともともさん、大好きな高校生マヤちゃんをありがとうございました!!


thanks