Concerto

  written by 咲蘭  .


 Epilogue














 11月3日。大都劇場に、喝采の嵐が巻き起こる。
 舞台の真ん中で誇らしげに幸福な笑顔で立ち、深々と頭を垂れるのは、主演の北島マヤと有吉凌二。
 主演の二人は舞台上で握手を交わし、共演者を自らの拍手を讃えると、再び客席に向かって深々と頭を下げた。
 劇場中からの喝采が鳴り止まないまま、光を放つ舞台に緞帳が静かに降りていった。









「っくーっ!ビールがうまいっ」

「ほんとね!」

 初日祝いの劇場のロビー。缶ビール片手の関係者たちが初日の成功と千秋楽までの無事を祈って、握り寿司やサンドウィッチなどの軽食を次々にたいらげていく。マヤと有吉は並んで皆に挨拶をした後、缶ビールで乾杯をする。

「北島さんは、舞台の上じゃ別人だな。稽古のときとも、ぜんぜん違う」

 ごくごくと気持ちよさげにビールを飲み干しながら有吉が言う。この人は水もビールも、美味しそうに飲む人なのだとマヤは思う。

「あ…。ごめんなさい。やりにくかった?」

「そうじゃないよ。最高に気持ちよかったんだよ」

 有吉がマヤにサンドウィッチを取り分ける。ハムチーズと卵とレタス。

「ホント…?」

「ほんと。共演できて良かったよ。さすがオレが惚れた女優だけある」

 有吉のストレートな物言いに、マヤは瞬きをして肩を竦める。

「…ありがとう」

「というわけで、明日からも、またよろしく」

 手にしたビールを軽く上げて、有吉は片側の口角を上げて笑った。

「こちらこそ」

 有吉が骨付きのチキンにかぶりつきながら、ちらりとマヤを見る。

「それで。…それって、つっこんでいいこと?」

「なに…が…?」

 有吉の視線は、マヤの左手に注がれる。金色の細い鎖が消えた左手首と、代わりにダイアモンドが光る左の薬指と。

「昨日と、北島さんの左手の仕様がぜんぜん違うんだけど?」

「あー…。そうですね…」

「しかも、なぜか北島さんの危なっかしいオーラも消えてるし」

「危なっかしいオーラ!?あたしが!?」

 素っ頓狂なマヤの声に、有吉が苦笑しながら言葉を続ける。危なっかしいよ。なんだかね、支えてなくちゃいけないような危なっかしさ。そう言った有吉の視線が宙を泳いで、遠方の一箇所で釘付けになった。

「…ああ…なるほど」

「何がなるほどなんですか?あたしって、そんな危なっかしかったかなー。結構、がんばってると思ってたのに…」

 ぶつぶつというマヤを無視して、有吉は遠くを見つめる視線は動かさずに、いかにも納得という声を出す。

「オレさぁ、紫のバラの人の話、知ってるよ。芝居やってるヤツの間じゃ有名な話だし、結構な伝説だよ」

 突然飛び出した紫のバラの人の話に、マヤは内心の動揺を隠すように首をかしげて一口サイズの細巻きを口に放り込む。

「どうしていきなり紫のバラの話?」

「まさか、伝説の人に会えるとはなぁ…」

「え…?どういう…」

 ますます怪訝そうな顔をするマヤに、有吉が顎で振り向くように促す。
 振り返ったマヤの目に映ったのは、ロビーの入り口付近で関係者と挨拶を交わし、人波を縫うように歩く人。端正な顔立ちに笑顔を浮かべた背の高い人。その手は紫色のバラの大きな花束を持って、その足は確実にマヤに向かって歩いてくる。

「…あ」

「あれが、伝説の紫のバラの人で、もしや北島さんの左手の仕様を変えちゃった人?」

「……うん」

「へぇ」

 有吉が片眉を上げて、皮肉な笑みを漏らす。速水真澄に向けられるマヤの笑顔。

「速水さん、その紫のバラ…!」

 溢れるほどの幸福な笑顔のマヤに、真澄が自然な仕草で頷いて、紫のバラの花束をマヤに差し出す。

「初日おめでとう。千秋楽まで素晴らしい舞台をみせてください」

 いかにもメッセージを読み上げるかのような真澄の棒読みの台詞に、マヤが目を丸くして固まって、それからバラを大事そうに受け取ってケラケラと笑い出す。

「そのメッセージ。あなたのファンより…って続くんでしょう?」

「もちろん」

 マヤの、真澄に向けられた笑顔は、作った危なっかしいものではなく、紛れもなく本物なのだと有吉は思う。いつかこの笑顔が見たいと思っていた。どこか寂しさを湛えた笑顔ではなく、マヤの本当の笑顔が見たかった。できることなら、自分に向けられた笑顔を。
 真澄が有吉に視線を向ける。

「有吉さん。あなたが舞台で作り出す空気は素晴らしかった。これからますます活躍の場が広がるだろうと思いましたよ。今後を期待しています」

 真澄が差し出した右手に、有吉は気付かない振りをして丁寧に頭を下げ、飄々とお礼を述べる。

「ありがとうございます。また北島マヤさんと共演できるようにがんばります」

「…な」

 頭を上げた有吉は、返事に窮する真澄の顔を確認して、軽い溜息と共に小さく笑い、前髪をかきあげて面倒くさそうに言った。

「あのですね、今日はもう、北島さんをさっさと連れて帰ってください。主役のくせに寝不足なんですよ、この女優さん」

「えっ…?…寝不足なのわかってたの?」

 困ったようにマヤは肩を竦め、真澄はバツが悪そうな顔する。

「そりゃ、わかるだろ。舞台の上じゃ、ずっと一緒だったんだから。つーか、どうせ慢性寝不足だったんだろ。だけど、もう、気持ちよく眠れるんじゃないの?」

「…有吉さん」

 マヤが、紫のバラの花束をきゅっと握って、頭を下げる。

「有吉さん、ありがとう。えっと、今日はたっぷり眠って、明日からは今日よりももっと全開で舞台やります。明日からも、どうぞよろしく!」

「…はい。覚悟しときます」

 有吉は、戯けるように、頭を下げ返した。
 二人の様子を見ていた真澄が、やおらマヤの腕を掴み、方向転換して歩き出す。

「帰るぞ、マヤ」

「えっ!速水さんっ!?あたし、小澤先生にも挨拶してないし…って、ちょっと…。有吉さん、また明日ね!」

 引き摺られるようにしてロビーを出て行くマヤの後ろ姿には、有吉の皮肉まじりの呟きは届かない。

「余裕ねーな、あの人…」

 違うか。余裕が無いのはオレのほうか。

「ったく、煽ってどうすんだよ、オレも…」

 いーじゃねーか。北島さんが幸せそうな笑顔なんだから…。









 車内に漂うのは、バラの香りとマヤの鼻歌。

    All my best memories
      Come back clearly to me
     Some can even make me cry
    Just like before
       It's yesterday once more

  Every Sha-la-la-la
    Every Wo-o-wo-o
   Still shines
    Every shing-a-ling-a-ling
     That they're startin' to sing
    So fine

「歌えるようになったんだな…」

 ハンドルを握る真澄が、右折のウィンカーを出しながら感心した声で言う。

「たくさん時間が流れましたから」

 助手席でマヤがバラの花束を愛しそうに眺める。

「…そうだな」

「あたしね、速水さんに話したいことがいっぱいあるんです。ブルーマウンテンが飲めるようになったこととか、水色の窓枠のカフェとか、ゴッホの絵とか、夜の散歩とか、えっと…」

 目を輝かせたマヤが、今にもひとつひとつを語り始めそうだから、真澄はギアチェンジした右手でマヤの頭をくしゃりと撫でて言う。今夜は本当に、しっかりと眠らせてあげたいと思ったから。眠るまで、となりで髪を撫でてあげたいと思ったから。

「これからの時間は、ずっと二人で一緒に過ごしていくんだろう?だから焦ることはないさ。ゆっくりと話してくれればいい。今夜はゆっくりと眠ろう」

 真澄もマヤも、あの頃のように哀しみを宿した瞳ではない。
 隣にいる人に、素直に愛情を表すことができる幸せ。
 ただ、その幸せを噛み締めて微笑み合う。

「俺も今度、史上最強のかたつむり女の話をしてあげよう」

 夜の中を、二人を乗せた車のフロンライトが行く先を照らす。
 それは、これから二人が進んでいく道。
 二人が一緒に幸せになれる場所に向かっていく道。





 







Here this story ends,
but their story goes on forever…









10.31.2006











 あとがき .


■lapin

今回の咲蘭さんとのコラボ企画は、私の我儘を叶えるためにあったようなものでして、想像を遥かに超える形で我儘が叶った私は、現在至極満足しております(笑)いやあ、世の中言ってみるもんだ。しかし、完成までの過程でも、私は本っ当ーーに我儘な相方でした(汗)咲蘭さん、ゴメンナサイ。。。
舞台裏を少しだけ明かしますと、マスとマヤそれぞれの視点から交互にお話を書いていって、最後に出会わせるってどうだろう?という企画がまずあって、過去のすれ違いだとか、ふたりとも東京には住んでいるとか、大まかなストーリーと設定だけは決まっていました。すなわち、細かいところは各自の自主性に任せるというか、かなりいい加減というか、ぶっちゃけ書いてみないとわからないよね、という状態だったわけです。
で、どういうことになるか。私は恐ろしく遅筆です。私がふうふう言いながら一話書き上げる間に咲蘭さんは軽く三話くらい書きます(マジで)。マヤ編がどんどん進んでいくんです。ついに、マヤはマスの到着を待ち始めました。その頃、マスはまだ呑気にスミレとやり合っていました(涙)「速水さーん、まだデスカ?早く会いに来てくだサイ♪」と笑顔で言われるたびに顔が引き攣る毎日。。。ようやく会いに行けたときは、そりゃあもう感無量でしたよ。「君に会いたくて、会いたくて、俺はこの一年…死にそうだったよ」(いや、マジで)
とまあ、愚痴は尽きないわけですが、後から追いかける者の悦びも間違いなくあって、それは思う存分咲蘭さんのテキストに絡めることなんですね♪コネタのUPL社を勝手におーきく膨らませたり、魅力的なカフェに押しかけちゃったり、本当に楽しかったです。ラストで、咲蘭さんが「史上最強のカタツムリ女の話」で盛り上がるふたりを示唆してくれていることが堪らなく幸福で、一日中ひとりでにやにやしてました。咲蘭さん、本当にどうもありがとう♪アナタのおかげで頗る面白い、楽しい、貴重な経験ができました。私の宝です。

ひとりで躁状態になっててすいません。読者の皆様にも少しでも楽しんでいただけたなら大変うれしいのですが。。。
ふたりにも、読んでくださったアナタにも、幸多からんことを。

■咲蘭

 このお話は、離れ離れになっている二人が、それぞれの現在を生きていて、それでも再び出逢うというだけのお話です。何か大きな事件が起るわけではありません。ただ、淡々とだらだらとした日常が流れていくだけです。  その中に潜むお互いを想う気持ちと、小さなきっかけで再び想いが通じ合うのですが、これまた淡々と描きましたので、非常に盛り上がりに欠ける物語です。どうもすみません(^-^;)。セルフツッコミを100回しておきましたのでお許しください。
 でも、ありきたりの日常の中でも、この二人は運命の人であり、だからこそ再び出会って、二度と離れないことを誓う。そんな二人を描きたいと思ったのでした。(この地味さが、今回の私のツボだったりする…。なにも誕マスで地味に展開しなくても、とさらにセルフツッコミ)

 lapinさんこと、うさぎちゃんとジカキとして対等にコラボするのは初めてです。(過去に私の作品の続編を書いていただいたり、押し付けイラストにお話を書いていただいたりしましたが)
 うさぎちゃんの作品は、いつでも私のドツボのど真ん中を突いてくるものばかりで本当に大好きなわけで、今回のコラボは私一人が最高に嬉しいというものでした 。  私が好き勝手に書きなぐったものを、絶妙な筆致で掬い上げてくれたうさぎちゃんに、心から感謝します。
 lapinマスがピンポンしてくれた時は、迎えに来てくれたーっと、マヤちゃんとともに手を取り合って喜びました(笑) 。

 そして、最後まで読んでくださった皆様にも感謝します。読んでいただけるというのは、本当に幸せなことだと思っています。
 速水さんとマヤちゃん、やっぱり好きです。
 原作のマヤマスにも、幸せな瞬間が訪れることを願ってます。

 ところで、「Wedding×Wedding」のテーマ的にどうなんだというツッコミには答えておかなくてはなりません。
 えーっと…。「プロポーズ」ってことにしておいてください(逃亡)。
closeback story12:Mayaindex

「YESTERDAY ONCE MORE」
Written by Richard Carpenter & John Bettis