■□ 夢を想うとき 7 □■




















コンビニからの帰り道。
初めて来た小さな公園だけど、夜の公園はなんとなく落ち着く。
盛りを僅かに過ぎた夜桜が公園を包む。
手にはハーゲンダッツが入った小さな白いビニール袋。里美との電話を切って、窓辺で星を眺めていたら急に外に出たくなった。マスコミに追い掛けられないようにと事務所が用意してくれたホテルの部屋だけど、少し気分を変えたくなった。あのまま部屋にいたら、号泣してしまいそうな気がしたから。


里美の優しさに別れを告げて、不毛な相手を選んでしまった。選んだ相手は、マヤがこんな選択をしたことすら知らない。それを告げるつもりもない。少しも後悔していないけれど、ちょっとだけ…なんとなく、心が寂しい。



つまり、一生、こんな気分で過ごすんだ。
もっと大人になりたいな…。
こんなどこか寂しい気分を楽しめるような大人になりたいな。


ブランコに座り、勢いよく漕いでみる。子供用のブランコは座面が低くて座って漕ぐと足が地面を擦ってしまう。漕いでも漕いでも地面を擦ってブランコは高く揺れてくれない。

「もうっ…」


ブランコを止めたら、涙が出そうになるから
泣いたらダメだ…、絶対泣かない…
ブランコ漕がなくちゃ…
いっぱい、いっぱい漕いで、寂しいなんて忘れちゃうんだ…






「こんな時間に一人でブランコ遊びか?」






突然、後ろから聞こえた声にマヤの足は止まり、地面を擦ってそのままブランコが止まる。
その低い少し甘い…痺れる声を、聞き間違えるわけがない。



「速水さん…って、いっつも突然声かけてくるから…驚いちゃうよ…」



マヤのブランコの左右の鎖を大きな手が掴み、背後に寄り添うように真澄が立つ。マヤは背中に感じる気配に胸が震える。


「危なっかしいな、君は、こんな時間にたった一人で…。なんのためにホテルにいるんだ。アイスクリームなんてルームサービスでオーダーすればいいじゃないか」


マヤの手元を見ながら言う。
マヤに会うと、真澄は必ず最初に少し説教くさい事を言う。何も知らなかった頃は少々煩わしくも感じていたけれど、今は、その一言だって泣けそうなくらい嬉しい…。


「…ちょっと外に出たかったんです。監禁状態なんて息が詰まっちゃう…。すっぴんなら誰も気が付かないし、ちょっとアイス買いに行っただけだし…」


「監禁状態か…。そうだな…、確かに監禁に違いない…」


「速水さんこそ、どうして此処にこんな時間にいるんですか?
 もしかして、少し酔ってる…?
 なんですか〜、もう、酔って押しかけ返し?」


マヤの戯けた声につられて真澄も笑う。


「くっくっく…。それだな。酔って押しかけ返し。でも、もう酔いは醒めたよ。なにしろ地下鉄5駅分歩いてきた」


「5駅!?どうしてっ?」


驚いて立ち上がって振り向く。目の前に真澄の顔がある。


「あの…、今夜の速水さん…、なんかヘン…」


慌てて下を向く。
もしかしたら少し顔を赤くしてしまったかも知れない。でも、きっと夜だから気付かれたりしてない。なんとなく、コンビニの袋を意味もなく持ち替えたりする。軽く回したりする。


「5駅分歩きながら、いろいろ考えてきたんだ。なにから話そうか、なにから手を付けていったらいいか」



「速水さん、それじゃなんの話がわからないです…」



「…そうだな」



小さく笑って、真澄がマヤを見る。マヤも真澄を見上げる。



「…つまり、君の顔を見ながら、君とゆっくり話がしたかったんだ」



「速水…さん…?」



体中が心臓になる。
その目に見つめられる瞬間が恐い。
また視線を外されてしまう瞬間が訪れてしまうのが恐い。

だから、必死で自分から視線を逸らす。



「マスコミの人も、里美君も…、あたしに会いたくても場所を知らないのに、速水さんだけはお説教しに来れちゃうのね」


「社長の特権だ…」


「ずるいね…。速水さんは、いつでもずるい」


「…それも否定しない。たしかに、ずるいな」


「それで…、いったい今夜は、どんなずるいお話を聞かせてくれるんですか?」



マヤは再びブランコに座り、真澄はブランコの周りを囲む柵に軽く腰かける。





ピィン…



金属音を響かせ煙草に火を付ける。







「ずるくて愚かな男の話だ…」




「速水…さん…?」









聞こえるのは、遠くの排気音とマヤのブランコを軽く揺らす音。





ちらちらと花びらが風に舞う。

























03.26.2004








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