■□ 夢を想うとき 6 □■




















薄暗いホテルの部屋。
マナーモードの携帯電話が、サイドボードの上で踊りながら滑稽な音を出す。



Pi…



もしもし…



マヤちゃん?



里美君…



良かった…。電話に出てくれて…
会いたいんだ。
会って話しがしたい。今、どこにいる?




……ごめん。言えないの…



…事務所の方針ってヤツ?



ごめ…



僕の恋人宣言とプロポーズは君に届いたかな…



……………



プロポーズ、リベンジのつもりだったんだけど、なにしろすごい騒ぎになったし、ま、当然だけど、気が付いたら、もう君はいないし






ごめ…ん…なさ…い





謝ってばかりだね。謝って欲しくなんか無いのに…

…僕の方こそ、君には一つ謝らないと。君の気持ちを無視するようなかたちで、あの場所で言ったことを許してほしい

だけど、僕は君を誰よりも…、紫の薔薇の人よりも幸せに出来ると確信したからプロポーズしたんだ

…だから、もう一度、僕のこと考えてみてほしい…







里美君…、どうして?
どうして紫の薔薇の人よりも…って言えるの…?






…知ってしまったんだ。紫の薔薇の人がいったい誰だったのか



…!…



…決して詮索したわけじゃないんだ
君が紫の薔薇の人を忘れられないって言った話を、僕なりに苦しいけれど理解したつもりだったし。本当に偶然なんだ…






……





速水社長…だね…?






里美…君…






マスコミの前であんな形で言ったのは、速水社長の目の前で言いたかったからなんだ
僕は堂々と君に愛を誓える。速水社長とは違う

そもそも、紫の薔薇を贈っていた速水社長の意図までは知らないけれど、君の気持ちを最終的にはもてあそんだことになるだろう
僕はそれが許せない
…ていうか、ぶっちゃけて言うと宣言したかったんだ。君の恋人は僕だと世間に向けても言いたかった。速水社長にも…、紫の薔薇の人にも認めて欲しかったんだ








…速水さんは、きっとどっちでもいいのよ

迷っているなら結婚するな、なんて言っていたけど、迷ってなければ結婚しようがしまいがどっちでもいいんじゃないかな…
女優を続けていくことが重要なんだと思う






じゃあ…






あのね…、あたしもね、無駄だと思うの。速水さんを想い続けていったい何になるのって思う。でも、どうしようもないの
あたし、里美君のこと好きだと思う。これは嘘じゃないの…
でもね、速水さんは好きとか嫌いとか…そんなんじゃなくって、その…体の一部というか…。その存在を否定してしまったら、もうあたし自身じゃなくなっちゃうかんじ
ヘンだよね、こんなこと思うなんて。現実にはとてもとても遠い人なのに…

里美君をちゃんと愛せたら、今よりもずっとずっと…幸せになれるのにって思う。それはね、ちゃんと頭では理解しているの
一度はそう思ったからこそ、指輪を受け取ったんだけど、やっぱり止められない

この想いは一生止められないと思う








もし…、僕がそれでもいいよって言ったら?

君が紫の薔薇の人に相当な感謝の気持ちを持っていることは知っているし、その気持ちが愛情に変化してしまったことも、僕は…理解できる…。だから、それでもいい

僕は君を愛してる
ゆっくりでいいから僕のことも考えてほしい。そしたら、いつか僕のことも愛せる日が来るかもしれないだろ…?







…ありがと…う…

あたしなんかに、そこまで言ってくれる人は、もう一生現れないかもしれない…。里美君みたいな素敵な人に、そんなふうに言ってもらえて、あたしも捨てたものじゃないよね…
一瞬、気持ちがぐらついちゃうよ…




マヤちゃん…




でも…でも、里美君、絶対にいつか辛くなる日が来るよ…
あたし、自分でもばかだなぁ…って思うけど、たぶん、一生、里美君を速水さん以上には愛せないと思う
いつも、どこかで速水さんのことを考えていると思う
そんなのって、酷い裏切りでしょ…?






…それでもいいよ…って、言いたいけど…


きっとこれ以上僕が何を言っても、君には返って辛いだけだね


今度こそ、君を簡単に手放したくないと思っていたのに…
マヤちゃん…、ホントに……

絶対に僕となら一緒に幸せになれるのに…

ばかだなぁ…









ほんとだね…。うん、ほんとだよね…

でも、やっぱり自分の気持ちに正直に生きていくことにする…
里美君が真っ直ぐにあたしに向かってきてくれるから、あたしもちゃんと正直に言わなくちゃいけないよね。だから、ちゃんと誤魔化さないでプロポーズの返事をするね

里美君とは…、ううん、誰とも…結婚できません…



ごめんなさい…








うん、わかった…わかったって……

大丈夫…、泣かないでいいよ…




…辛くなったら、何時でも電話しておいで
愚痴ぐらいならいくらでも聞いてあげるから…

僕に出来ることがあったら…、いつでも力になるから…










うん…、ありがと…ありがとぅ…








君が幸せになるように祈ってる…
負け惜しみじゃないよ

ホントに…、そう願ってる…








ありがとう………







じゃあ…元気で…







里美君も……



さよなら…







pi…







電話を切ると、マヤは流れる涙を初めて拭う。



四角い黒い空には

春の東京には珍しくたくさんの星が瞬いていた。





















03.25.2004








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