story 4










数ヶ月ぶりの外出だった。人込みも騒音もひどく私を消耗させたが、ようやく見慣れた建物が視界に入ってきた瞬間、言いようのない感慨を覚えた。父が生涯で最後の紅天女を見た日、あの日以来だった。当時は微かな予感でしかなかったものが、今では心の中央にどっかりと根を下ろして、始終私を苛む。出口のない苦しみだった。原理的に出口などあり得なかった。自分の存在そのものを否定することでしか、私は存在することができなかった。いまさら彼女を見ることで、私はどうしたかったのだろう。自分を罰したかったのだろうか。それとも彼女の前にひれ伏して赦しを乞いたかったのだろうか。

これから私が書くことは、微妙な側面を含んでいる。私もそれを認識しているし、正直、この出来事を自分でも理解しきれていないと思う。それについて、他の誰かの理解を求めるのは不可能だとも思っている。そう、15年以上も前の記憶が蘇ってくるきっかけとなった出来事について、そもそも私が文章を書くようになった原点について、これから何とか書いてみようと思う。

暗い舞台に、一箇所だけスポットライトが当たっていた。そこに何か佇んでいる。物のような人のような。気配というものが、ない。ふわっと風が起こった。客席は水を打ったように静まり返っている。完全に空気が静止している。それなのに、鮮やかな一陣の風が目の前を吹きすぎる。裾がはためき、衣が翻る。

彼女が、いた。

明るいスポットライトに照らされているにもかかわらず、彼女の周囲を仄かな闇が包んでいた。そして、その闇を際立たせるように、彼女自身はしんと光っていた。彼女を見た瞬間、私は確信した。

”父だ”

”彼女は父なのだ。あそこに私の父がいる”

なぜそう思ったのかはわからない。今もわからない。でも、私はその事実に微塵も疑いを持たなかった。父は、生きている。

どう言えばいいだろう。あの三時間は、三時間であり永遠だった。私は確かに父と再会したのだ。父の声を聞き、父の気配を感じた。父の想いに触れ、父の温もりに包まれた。そのままでいいんだよ、ありのままで。自分が信じた道をゆきなさい。藍生の人生なんだから。体中の全細胞が優しく慰撫され、限りなく大きなモノに包まれているのを感じた。赦され、祝福されているのを感じた。静かな雨のように、とめどなく溢れる温かい涙を抑えることができなかった。死は終わりではなかった。水平に流れる時を鉛直に突き抜けることだった。うまく言えない。その外に出た後も、何かがある。見えなくても、聞こえなくても、触れられなくても、感じられなくても。ある。それを、知った。

彼女に会いたいと思った。彼女ならきっと理解してくれる。私の抱いていた罪悪感も、これまでの苦しみも、いま体験したことも、言葉にできないまま胸の中で渦巻いている幾千の想いも、彼女ならひと目で理解してくれる。きっと言葉もいらないだろう。不思議な確信を胸に、私は静かに降りていく緞帳を見守った。この舞台を見る前と後とでは、私は決定的に変わった。二度と元に戻ることはないだろう。

私はついに彼女と会うことができなかった。空中に見えない弧を描きながら、緩やかに倒れていく梅の古木。ひんやりとした舞台の上についたまま、永遠に起きることはない。その瞬間、彼女は鮮やかに時の流れを突き抜けた。




*






イギリスに戻ると、私は卒業まで元の生活を続けた。読み止しの本から埃を払い、書きかけの原稿を取り出した。途中で投げ出すことは恥ずべきことだった。それに、私にはもう方向が見えていた。まずまずの評価で修士課程を卒業すると、私は迷わず日本に帰った。そして、ひとりの女性を訪ねた。彼女が最近出版し、大きな話題を呼んだある本について、詳しい話を聞くためだった。彼女は親切で熱心だった。私のひとつひとつの疑問に丁寧に答え、思い切って打ち明けた相談にも親身になって乗ってくれた。著名人へのインタビュー経験を豊富に持つノンフィクションライターという職業上、人と接することに慣れているというだけでなく、彼女は真摯で温かい人柄の持ち主だった。最初、彼女は私の話にずいぶん驚いたようだった。それから、感慨深げに小さな息を吐いた。彼女の本に書かれなかったあるやりとりについて、彼女は躊躇いながら話してくれた。今度は私が感慨の溜息を吐く番だった。自分がやろうとしていることを必ずやり遂げようと決意した。

彼女の本と私が書いたこの本はお互いに補完し合い、ひとつの物語を作るだろう。その物語は、ひとりの天才女優の物語であり、彼女の人生に関わったひとりの男の物語であり、そして、ある家族の物語でもあるだろう。

彼女は、貴重な資料を快く渡してくれた。長い人名のリスト。そこには、誰もが知っている有名俳優が名を連ねる一方、父が若い頃に経営していた会社の一社員や和歌山県の小さな村の住人の名前もあった。彼女に深く感謝しながら、彼女の元を辞した。

そして、私は長い旅に出た。父の足跡を辿る旅に―





2005年3月2日
速水藍生

















fin




03.02.2005









あとがき



■lapinさんより

「インタビュー」を初めて読んだときの衝撃をどう表現すればいいのだろう…これまで読んだどのパロよりも衝撃的で、強烈な印象を受けたのは間違いないと断言できます。何日も「インタビュー」の世界を引き摺って、見るもの聞くものすべてがその色に染められ、夢の中を歩いているようでした。痛くて辛くて耐えられない…でも、直視できないほど美しくて完全で超越している。凄いものを読んでしまったショックに麻痺しているうちに、不思議なことが起こり始めました。いろんな光景が見え始め、誰かが頭の中でしゃべり始めたのです。これまで一人称でまともに書いたことがなかったのに、その声は書かれることを望んでいました。それが咲蘭さんの物語に存在だけがちらりと出てきた真澄の娘であることを悟りながら、私はずっと逃げ回っていました。「インタビュー」の世界は卑小な私を遥かに凌駕していて、まともに向き合うのが怖かった。
正直、今も描ききれた自信はありません。でも、これが今の私のすべてです。「インタビュー」に出てくるすべての人たち、そしてその人たちを生み出してくれた咲蘭さんへのラブレターです。「インタビュー」はきっとこれからも私にとって一番特別なパロであり続けると思います。
咲蘭さん、私からの長くて遅い(笑)ラブレターを快く受け取ってくださってどうもありがとう。「インタビュー」を書いてくださってどうもありがとう。


■咲蘭よりお礼

長くて愛の籠もったラブレターをありがとう!

「インタビュー」は私のパロ作品の中では少し異色で、でも、とても思い入れのあるお話です。脱稿時は、真澄は紫織と結婚しちゃってるわ、娘まで作ってるわ、その上お亡くなりになってるわ、で、これはとても万人受けしない、とても発表できるお話ではないな…ははは…と空笑いでした(笑)。それでも、書いたからには発表したくなり、でもとても他サイト様に無責任に投稿はできなくて、それでsceneのオープン時にfictionコーナーを作って発表したのでした。(コレが無かったら今頃パロ書いてないかも…)発表いたしましたら、案外とコレが好きとおっしゃってくださる方がたくさんいらしてとても嬉しかったものでした。
今回、lapinさんは、真澄と紫織の一人娘「藍生」をとても生き生きと描いてくださいました。真澄には一人娘がいてその娘をとても愛していた…という設定を私が作ったわけですが、その時、ぼんやりと脳内にあった真澄と紫織と娘の3人の家族の幸せと、その後ろ側にある陰を余すところ無く描ききり、そして両親没後の娘の心情を苦しいほどに描いてくれました。
藍生が両親に慈しまれて育っていることに感動して、意志を持って生きている人間であることに感動して、母への想いに同感して、父への思慕へ共感して、没後の苦悩に涙しました。娘にとって自分という存在そのものが愛する父の望んでいた人生ではない証だというのは、これ以上の苦しみは無いと。
けれども、藍生に語った真澄の慈愛に溢れる誠実な台詞のひとつひとつに救いがあります。

「後悔、はしてないな。何と言っても藍生と会えたしな。でも…もう一度生まれ変われるとしたら、違う人生を選ぶかもしれない」

そう。真澄は後悔はしてないのよ、藍生。藍生に会えたことに心から感謝してるんだよ。真澄は真澄の人生をちゃんと納得して全うしてから、それから魂の片割れの元に戻ったのだよ、と抱きしめて背中をポンポンしてあげたい。
藍生もマヤの最期の紅天女で、それを、死をも突き抜ける永遠を、感じたのではないでしょうか。

なんだか胸がいっぱいです。
藍生としてうさぎちゃんが語ってくれたことで、薄いペラペラな「インタビュー」が少しは厚みを持てたような気がします。
ありがとうございました。うさぎちゃん!!!
咲蘭から、最大限の愛を捧げます!






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