sky-ward

written by あずま さま



story 5

















 マヤが帰国して1週間後、撮影が終了した、とマヤから連絡があり、真澄は早速会う約束をした。日曜日、店内に入ってウェイトレスの案内を断りあたりを見回していると、奥のテーブルに座っていたマヤが手を挙げた。
 奥へ行くと、マヤの向かいに細川が座っていることに気づいた。
 店に入ったときは観葉植物の陰に隠れて見えなかった。何故彼がここに、自分との約束があるのにマヤは何を考えて彼と一緒にいるんだ…とまた疑問と微かな怒りが湧き上がってきたが、悟られないようにふたりに近づく。

 「あ、じゃあ私はこれで…」
 「はい、細川さん、どうもありがとうございました。おかげで無事、イタリアに行って帰ることができたし、撮影も終わりました。本当に助かりました」
 「いえ、私は何も。映画、公開されたら見に行きますよ。楽しみにしています」
 「ありがとうございます」

 細川は立ち上がって、真澄に会釈すると店から出て行った。真澄は細川が座っていた席に腰を下ろした。
 真澄は今度こそ、マヤに彼が何者なのか問いただしてやる、とマヤを軽く睨んで口を開きかけると、それより一瞬早く、マヤが話し出した。

 「速水さん、怒ってる?」

   出鼻をくじかれた真澄はむっとした表情を隠せない。

 「正直に言えば、そうだな。待ち合わせした場所でほかの男と会っているなんてな。彼は、どういう人物なんだ? 芝居の関係者じゃないんだろう?」
 「図書館司書です」
 「は?」

 真澄は思わず間抜けな反応をしてしまった。マヤは気にせず続ける。

 「映画の出演が決まった頃、イタリアロケがあるって聞いて、はじめて海外に行くし、英語も、もちろんイタリア語も話せないのにイタリアで1ヶ月も過ごせるかなって思ったんです。撮影の合間にちょっとでもイタリアのこと調べた方がいいかなって…」

 脈絡のなさそうな話だったが、真澄は黙って聞くことにした。

 「一日オフをもらったときに図書館に行こうとしたら、道に迷っちゃって…。たまたま通りかかった人に訊いてみたら、その図書館に勤務していてこれから戻るところだから、ご案内しますって言われて。その人が、細川さんだったんです」

 予想外のマヤの発言に真澄は呆気に取られていた。

 「ガイドブックとか、英会話とかイタリア語入門の本とか、たくさんあって、とても一度に読めなかったんです。返すのは専用のポストに入れればいいんだけど…。また図書館に行くにしても、いつも帰るのは夜遅くだし、もうオフだってないだろうし、どうしようか悩んで。仕事が忙しくて来るのが難しいけど、また借りたい本があるんですって言って、細川さんに相談してみたんです」
 「……君が読み終わった本を細川さんが引き取って、そのときに君が読みたかった本を届けてくれていた、と…。そういうことか?」
 「はい」

 よく分かりましたね、と言いたげな軽い驚きの表情でマヤが頷く。
 真澄は額に手を当てて大きな溜息をついた。

   「…なんで本屋に行って買おうとしなかったんだ? それに、そんなことならマネージャーに言えば用意していたと思うが…」
 「あ、それは図書館に行った後思いついたんですけど、折角細川さんが貸したり返したりしてくださるからって…。マネージャーに言っても、私と同じで忙しいから、たぶん本を買うんだろうし、もったいないと思ったから」
 「もったいないって、金なら持っているんだろう? 自分で払うのが嫌ならそれぐらい、いくらかかっても用意させたのに」
 「私、本は台本しか読まないから…。ロケが終わったらもう読むことはない本なのに、わざわざ買うのも買っていただくのも、なんか、気が引けちゃって」

 真澄はもう一度溜息をついた。…全く、なんて子だ、と呆れるよりほかにない。

 「それはいい心がけだが、もうそんなことはやめなさい。結局は、細川さんの手間をかけさせることになったんだ。…そのことで、君が風邪を引いていたときも待ち合わせして、その次の日も細川さんと会っていたのか?」
 「はい。読み終わったガイドブックを忘れちゃって。次の日に改めて待ち合わせして、借りていた本を返して、また送っていただいたんです」
 「彼に礼をしないといけないな…」
 「私もそう思って、今日速水さんが来る前にお昼をご馳走したかったんですけど、コーヒーでいいって…。あんなにお世話になったから、ほかにも何かしないと…」
 「君の映画の試写会が来月、行われる予定だ。それに招待するのはどうだ? 彼も君の映画を楽しみにしていると言っていたし」
 「あ、いいですね。チケットをお送りして…」
 「水城君に頼んでおこう」

 彼女の休暇が終わったら、と真澄は思った。今、水城は真澄の勧めで数日間の休暇を取っている。
 細川が本当にただの知り合いで良かった。ランチのオーダーを済ませてまたマヤの話を聞くと、彼は本当に本好きで、生活に必要な最低限のこと以外はほとんど読書に時間を費やしているそうだ。親切で、図書館に来ている子供にも好かれているらしい。自分にしてみれば、彼がお人よし過ぎるからマヤとの関係を誤解し、夜も眠れないほどの不安や嫉妬に駆られたのだが。
 しかし、そうでもなければマヤに自分の気持ちを告げることなどなかった。少なくとも、今、こうしてマヤと恋人として会うことはなかったはずだ。そういう意味では、彼に感謝する必要があった。
 細川は以前イタリアに旅行したことがあり、そのときの体験談をマヤに聞かせたらしい。あのとき自分が目撃したのは、おそらくガイドブックを見ながらその話をマヤが聞き、笑っているところだったのだろう。

 食事を済ませてレストランを出ると、マヤが大きな伸びをした。

 「あ〜、日本に帰ってきたっていう感じですね〜!」
 「もう帰ってから10日経っているじゃないか」
 「そうですけど、帰ってからずっとスタジオに籠もりっぱなしだったし、それに、今日は天気もいいでしょう? ロケ中も天気には恵まれましたけど、やっぱり日本の青空っていいなって」
 「そうか」

 マヤにつられて真澄も空を見上げる。白い雲が薄くかかっていたが、よく晴れた、気持ち良い天気だった。

 「監督に、散々からかわれちゃいました。速水社長がイタリアまで来て本物のラブシーンをやるとはね、とか、映画よりも面白いものが撮れたのにカメラを回していなかったのは残念だ、一生の不覚だ、とか」
 「彼には一生頭が上がらないだろうな…。俺が邪魔したせいで、あのシーンをやり直させてしまった。芸能社の社長ともあろう男がそんな真似をするなんて、面目ない。君にも、悪かったな。恥をかかせて」
 「私は恥だなんて思ってませんよ。嬉しかったです。速水さんがあそこまで来てくれて…。ほかの人にすぐに気づかれちゃったのは、残念だったなって思うけど」
 「あんなに派手な真似をしたから、すぐに俺達の交際を発表せざるを得なかったしな…」

 マヤが帰国して直後に会見を開いた。真澄にとって三度目の大きな決心だったが、マヤは会見をする前、打ち合わせをしているときに結婚を前提に交際することを了承した。

 「本当に、良かったのか?」
 「何がですか?」

 マヤがきょとんとして真澄を見た。

 「俺との交際だ。付き合う前からいきなり結婚を前提にして。まだ早すぎる、と言われるかと思ったんだが」
 「速水さんがその方がマスコミの追及も少ないし、女優活動に支障がないって言うから、そうしたんですけど」
 「…俺が言わなかったら、結婚なんて考えなかったか?」

 マヤは少し考えている様子だったが、しばらくして首を横に振った。

 「結婚すれば、ずっと一緒にいられるって思えるから。いつかは考えたんじゃないかな…」

 それを聞いて、真澄はとびきりの笑顔を見せるとマヤの手を取って歩き出した。マヤも慌てて歩き始める。

 「結婚したら、もう一度、イタリアに行かないか? 今度は、ふたりきりで」
 「……新婚旅行っていうことですか?」
 「そういうことだ。あれに似た飛行船をチャーターして、イタリアだけじゃなくヨーロッパ中をまわってみるのもいいな」
 「そんなこと、できるんですか?」
 「できるさ」



 スクリーンの中では恋人と別れ、マヤひとりが飛行船に乗って空へ舞い上がる。けれどその向こう、スクリーンとは別の世界では、いつまでもマヤの傍にいたい。
 何度もマヤは鳥だと思った。自分は鳥籠になってはいけない。マヤを閉じ込めてはいけない、と。マヤが女優として大成し、鳥になって空へ羽ばたくのを遠く離れて見守ろうとした。それに疑問を抱くようになって婚約を解消したというのに、すっかりそのことを忘れていた。
 実際にマヤが空に向かうのを見て、思った。…やはりマヤと離れては生きていけない、と。



 「…あの飛行船から見た地上の風景、速水さんにも見せたかった。神様のような気分になるんです。本当にチャーターしてくれるんなら、すごく嬉しい…」
 「君は今でも女神じゃないか、紅天女様」
 「またそういうことを言う。…確かに舞台の上では女神なのかもしれないけど、幕が下りた後は人間だし速水さんの傍にいたいんです。今度は速水さんと一緒に、あの空から地上を見たいって言おうとしたのに」
 「…それは、なんとしてでも実現するよう、手配しておこう」

 マヤも、同じことを考えている。驚きと嬉しさで口元が緩んだ。

 マヤの歩調が遅くなった。繋いでいる手の方を見ると、マヤがまた空を見ながら歩いていた。マヤの手を引っ張る力を抜いて、立ち止まってから真澄も上を向く。マヤも立ち止まって、並んで空を見上げた。


 白いヴェールの向こうに、どこまでも続くような透明な青があった。










fin




04.10.2006







 あとがき 



■あずまさんより

これを書き始めたのが1月の下旬、杏子さんのお題パロを書き上げてからのことでした。
「今までよくお邪魔していたサイトのどなたかにさしあげたい」という気持ちでちまちま1話、2話と書いていて、ちょうど咲蘭さんのサイトが2周年だと知り、「咲蘭さんに贈りたい」と作品の設定を試演の2年後にして調整、さあ後は書き上げるだけ…というところでリアルのことと作品の内容の面で詰まり、3月に行われたオフ会の4日後になってようやく仕上がりました。
咲蘭さん、タイムリーにお送りすることができず、大変遅くなってしまってすみません。

改めて振り返ってみると、イタリアまで飛んで全力疾走するなど、速水さんらしくない行動が続いた話でした。
オリキャラまで登場させましたし。マヤと親しげな様子を見せたりとか、ここまでしないとなかなか優柔不断・悶マス?から脱却しないと思ったんですよね…。

読んでくださった皆様、ありがとうございました。
風邪とか雪とか、その他春にふさわしくない設定、どうか目を瞑ってください。

咲蘭さん、快く受け取っていただき、心から感謝しています。ありがとうございました!



■咲蘭よりお礼

嬉しい嬉しい贈り物。
あずまさんより、2周年のお祝いにとステキなパロをいただきました。
マイペースで続けてきたら2年も経過していた地味サイトですが、続けているとこんな幸せもあるんだな〜と嬉しくなる贈り物でした。

前半戦はマヤの真意がわからずに思いっきりマスとともに悶々とさせてくれて、後半戦は透明な青空の下、爽快な告白。これぞ、ガラパロ。悶とさせてスカッと爽やか!(笑)。
周りのことなど目に入らずマヤだけを見つめるマス。
黒髪に唇を押し当てるマス。
最高に好みです!!
どうか次回飛行船に乗るときは私も便乗させてください。

あずまさん、本当にありがとうございました!
この贈り物で元気をいただきましたので、私も(激しくマイペースで)がんばってみようかと思ってます。
あずまさんのこれからのご活躍もマス並に見守らせていただきます!!

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