written by 花音  

前編





街路樹のポプラ並木が金色に染まり始める頃、真澄の誕生日がやってくる。母がこの世に自分を送り出してくれた大切な記念日がやってくる。


母が速水の家に嫁いで以来、自分の誕生日を意識したことなど一度たりとも無かった。むしろ意識しないように子供心に封印した感情なのかもしれない。秘書の水城に「社長 おめでとうございます。」と言われても何の事か分からず、「何の事だ…」と聞き返す有様で昨年もその前の年も同じようなやり取りをした事は何故か記憶の片隅に残っていた。


でも…


今年だけは違う… 今年だけは…


今年の誕生日には真澄の側にはマヤがいる。
長い間秘めた思いを抱いていたマヤが自分の一番近い所にいる。

そう…結婚して初めての誕生日がやってくるのだ。


自分の誕生日を心待ちにする…

遠い昔に封印した感情を懐かしく思い出しながら、1日1日と迫る自分の誕生日に胸を躍らせるのだった。


マヤは12月にある舞台の稽古のため、スタジオのある汐留まで通う日々を送りながら、真澄の誕生日の事をいつも考えていた。

スケジュール帳を見つめながら、真澄の誕生日にはどんなプレゼントを送ろうかと迷いながら、時折銀座まで足を伸ばし完全に秋色に染まったショーウィンドウを眺めながら思いを馳せ巡らせ、稽古の合間を縫っては雑誌を見たり、今回の舞台の衣装担当をするスタッフから色々な話を聞いたりと準備に余念はなかったものの、「これだっ!」というひらめく物も見つからず、時間だけが過ぎていった。


真澄の誕生日をあと1週間にした朝、ちょっとした事件が起こった。











穏やかな朝の光に包まれたダイニングルームで朝食を摂っている時の事だった。

「来週の3日は何の日か覚えているか…」

突然真澄はマヤに尋ねた。


「えっ… 何の…」

いきなり質問されてどぎまぎしてしまうマヤ。丁度この日マヤはギリギリまで寝てしまい寝起きの頭に”来週の3日”という質問の意味が咄嗟に理解できず、目をパチパチしながら真澄の顔を見るほかなかった。

”もちろん速水さんのお誕生日よねっ!”という回答を期待していた真澄のとって意外すぎるマヤの反応に思わず絶句してしまった。

「…そうか… 何の日か君は分からないのか… 非常に残念だ…」

どんな時でも冷静な真澄だが、相手がマヤの時だけは事情が変わり、ひどく狼狽しながらゆっくりと箸を置いた。

そんな真澄の姿を見てマヤは絶句してしまい、「ごめんなさい… 私…」と言うのが精一杯だった。

真澄はマヤとは目を合わせようとはせず、「今日は遅くなる…」と言い残し会社へと向った。

いつもと変わりない朝の風景なのに、一瞬にして凍りついてしまったのだった。


この日のマヤの日記には短くこう記されていた。

『今朝、速水さんに「来月の3日は何の日か覚えているか?」と突然聞かれた。
ちゃんと覚えていたのに、朝ボーっとしていて咄嗟に答える事が出来なかった。
はっきりとは言わないけれど、相当ショックだった見たい…。

どうしよう…』










あの朝以来真澄の機嫌はすこぶる悪かった。

秘書の水城ですら手の付けれない状態で、秘書室の空気は何時にも増してピリピリとした空気が流れていた。

ここまで真澄の機嫌の悪い原因が何処にあるのか、時期が時期だけに心当たりが無いわけではなかった。しかし確信は持てない以上、フォローに回るわけには行かない。

気分転換を兼ねて眺めのいい社員専用のカフェテラスから下界を眺めていた時、女子社員が数名やってきてこそこそと話を始めた。

「ねぇ…そろそろ速水社長のお誕生日って知ってたぁ???」

「うん…知ってるよ〜 今年のお誕生日プレゼントどうしようかと思ってさ〜ウチのセクションの女の子と合同で何かプレゼントしようと思って♪」

「でも、速水社長 北島マヤと結婚したじゃない。 それでもプレゼントするの???」

「もちろん!既婚でも関係ないじゃん…」

「そうそう…速水社長 ここの所とっても機嫌が悪いんだって。ウチの部長が言ってた。昨日の会議の時にいつも通りきっちり書類を揃えて行ったのにめちゃめちゃ怒られたんだって。だから…今年は場合によってはプレゼント持って行くの無理かもよ〜 秘書室もかなりピリピリしているみたいだし…」

「なんか奥さまと激しくケンカしたって噂も流れているみたいだし…」

「そっかぁ… じゃぁ今年はホント厳しいって訳ね」


一様に女子社員たちは肩を落とし、コーヒーの入った紙コップを軽く握りゴミ箱へ軽く投げるように入れおもむろに立ち去っていった。


決して聞き耳を立てていたわけでは無い。彼女たちの話の概要を聞いた水城は今まで推測ではなかった真澄の機嫌の悪い原因が確信がもてたのだった。

”やっぱりマヤちゃんとケンカしたんだ…!と。


窓ガラスに背をもたれながら、どうやって手を打つのがベストなのか目をつぶりながら考え込んでいた時、水城の携帯にメールの着信が入ってきた。

「至急、社長室に来るように。」

発信元は真澄からだった。

(社長ったら…もうしょうがないんだから マヤちゃん 頼んだわよっ。)

大きくため息を一つ吐きながら急いで社長室へ向う足取りは、カフェテラスに来る時よりは若干軽くなっていたような感じだった。















11.02.2004
12.02.2004(転載)







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