■■  お題 6:抱きしめたぬくもり  ■■


あの子の匂いだ…。コートに…

背中にまわされたあの子の腕
おしつけられたあの子の顔
握りしめたあの子の手…
あの子の首筋、髪の毛の匂い…
体のぬくもり…

なんてことだ、まったく…!
なんてことだ、いまになって…!

いまになって、これほどあの子がいとおしいとは…!




また、夢をみる。

するりと腕の中から消えていったぬくもり。
知らなければ良かったとさえ思う。

マヤは雨に濡れて、寒さに震えて、
むしろ押し付けるように、その体を寄せてきた。

一晩中。

いまになって、こんなに惑わされてしまってどうするのだ。
いまになって。

もう、本当に許されないのに。
もう、求めることすら許されないのに…。
求めるべきものを、無理に別な場所に作ってしまったのに。

だが、自分の腕が、胸が、この体の全てが、心が、
マヤのぬくもりを知ってしまったのだ。
マヤを忘れることなんて、できるはずもない。

幾夜も深く眠れないまま、おかしな微睡みの中でマヤを想う。
記憶の彼方に消えてしまわないように
何度も繰り返し、体中であの夜のマヤを思い出す。

背中にまわされたあの子の腕
おしつけられたあの子の顔
握りしめたあの子の手…
あの子の首筋、髪の毛の匂い…
体のぬくもり…

もう一度…
せめて、もう一度だけ…
この腕で君を抱きしめたい……






朝方、ふと目が覚めると、となりで眠る速水さんの表情が
悲しげに、まるで今にも泣き出しそうに、歪んでいることがある。
その顔は、あたしまで哀しくさせる。
どんな夢をみているの?
なにがそんなに速水さんを悲しませているの?

速水さんの髪に頬に手をあてて包み込むように抱きしめる。
あたしの心臓の鼓動が速水さんに届くように。
速水さんの呼吸があたしに伝わるように。
そばにいるよ。
あたしが、となりにいるよ。


とくとくとくとく………


正しい脈拍。
じんわりと伝わるぬくもり。
速水さんは、あたしより、ずっとずっと、あたたかい。


ふいに、眠っている速水さんの腕がのびて
あたしをぎゅっと抱きしめる。
なにかを確かめるように、何度もぎゅっと抱き寄せる。

乱暴で、優しい、腕。

しだいに速水さんの表情が、穏やかに、変化していく。
あたしを抱き寄せて、柔らかく幸せそうな顔をする。

胸が痛い。
こんな幸せってあるんだろうか。
あたしが速水さんの幸せでいられることの、途方もない事実に
なぜだかとても胸が痛くなる。

遠くて、遠くて、はるか遠くて、
まるで霧の向こうに霞んでいく景色のように儚くて
求めようと一歩を踏み出せないでいたお互いのぬくもりだけど、
いまは、ごく自然に、手をのばせば触れられる場所にいる。

背中にまわされた手も、
あたしの胸に埋められた顔も
鼻先をくすぐる柔らかな髪も、
伝わってくる規則正しい寝息も、
いまは、ごく自然に、ここにいてくれる。

きっと、幸せに慣れていないから
だから、こんなにも胸が痛くなるんだろう。
このぬくもりに包まれた幸せが永遠に続いてほしいと、
つい欲張りな想いが溢れてしまうから、
だから、幸せすぎて胸が痛くなる。

速水さんはきっと忘れてるでしょう?
今日は11月3日だよ。

生まれてきてくれて、ありがとう。
ここにいてくれて、ありがとう。
あなたは、あたしを生かしてくれる最大にして唯一の人です。
だから、あなたの誕生日には、
おめでとうよりも、ありがとうって言いたいの。

あなたは、あたしの宝物です。

体中があたたかなぬくもりで包み込まれて
また、あたしもとろとろと柔らかな眠りに入っていく。






fin




01.22.2006(graffiti転載)



あとがき



これは、真澄さまのお誕生日企画2005† Träumerei †の拍手ネタとして使ったものです。お誕生日ネタを絡ませながら、ぬくもり系で(*´∇`*)
† Träumerei †の作品制作秘話(?)レポはこちら から


拍手やご感想をいただけると気合が入りますッ(〃∇〃;)


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