illustrated by Y●K●  

  written by 咲蘭  








「それじゃ、もう少し真澄様をお借りするわね」

と言って打ち合わせが終わると水城さんは温かいミルクティを煎れ直して社長室を出て行った。

「すまないな。もう少しで終わるから」

と言って速水さんは執務机に戻る。

いえいえ、どうぞごゆっくり。
だって、あたしはこの時間が大好きなんだもん。
ふかふかのソファに深く腰掛けてミルクティのカップを両手で包み、あたしは湯気の向こうの速水さんを見つめる。こんな風に誰にも憚られずに、ずっと速水さんを見ていられることが幸せ。


夕暮れの長い陽射しが差し込む社長室。
真剣な眼差しで書類とパソコンの画面を見比べる速水さん。
柔らかい髪に暖かな陽射しが反射して、とても…

とっても、綺麗…。

信じられないなぁ…
こんなに綺麗で仕事ができて凄い人なのに
なんであたしを好きなんて言うんだろ…

意志を持つ眉。
うつむき加減の長い睫毛。
小さく溜息をつく口元。
素早く何かを書き留める右手。
前髪をかき上げるしなやかな左の手指。



速水さんは、どこまでも綺麗にできてる。



「…つまらないだろう。もう少し待ってくれ」

視線を書類から外さずにあたしに声を掛ける。

「あ、いえいえ。ダイジョブです」

ふと視線を上げてあたしを見る。

「…何か面白いことでも?」

「え?いえ。…あたし笑ってます?…えーと、面白いっていうか嬉しいです」

速水さんを包む厳しい空気がふっと緩んで、それから再び書類に視線を落とす。

「おかしな子だ…」

小さく笑った。





tururururu…


「…速水だ。……梶本事業部長?…ああ、繋いでくれ」

あ…また眉間に皺を寄せた。

「…今、君のところから来た提案書に目を通していたところだ。ああインパクトもあるし、いい方向で話を進めてるな。…しかし、いくらなんでも、この試算ではちょっと甘いんじゃないか?何か見通しがあってこの数字を出しているのか?」

鋭い声。
厳しい顔。

「…面白いことを言う。だがそれだけではとても決裁できんな。裏付けがそれだけでは弱い。これでは、先方も受け入れないだろう。…そうだ、あそこの専務は鋭いぞ。こんな試算じゃ舐められるだけだ。俺も納得しない」

指に挟んだボールペンを親指の上で一回転させる。もう一度。
回転させたボールペンをさっと持ち直すと、書類の端に何か書き留める。相手の話を聞きながら、口の端を僅かに上げた。

「…なるほど。それだけの腹づもりがあるなら俺も先方も納得させるだけの裏付け資料を揃えて持ってこい」

左腕の硬質な腕時計にちらりと目を遣る。

「先方へのプレゼンは明日の午後だったな。…何時でも構わん。今夜中に持ってこい。その場で打ち合わせをしよう。…それから…」

え…?
今なんて?
こっ…今夜中〜〜〜〜〜!?

今度はあたしが眉間に皺を寄せて、口を尖らせる。
今日はあたしとの打ち合わせが終わったら、一緒に夕食をって言ってたのに…。だって…、今日は…。

…あたしと目が合う。

とたんに、しまった…という顔になる。
忘れてたでしょ。
一瞬にして、ここにあたしがいることも、今夜の約束も。
すっかり忘れてたでしょ。
仕事虫はどんなにあたしを好きって言ったって変わらず仕事虫で、お仕事に夢中になるとコロッとこっちのことを置き去りにしちゃうんだから…。

「あーっ…、さっきの件だが、明日の朝一でいい。明日の朝、持ってきてくれ」

あ…。

「…そうだな。では、悪いが今夜中にメールしてくれ。明日の朝、役員会議の前に目を通す。君も会議には出席するのか?ああ、その時に。悪いな」

あたしはミルクティのカップを黙ってテーブルに置く。

「では、よろしく頼む」

受話器を戻しながらこっちを見てる。
苦笑いを浮かべながら。
椅子から立ち上がると、ソファに向かって歩いてくる。

「さあ、終わったぞ。食事に行こうか」

「……」

隣に座って、頭をくしゃりと撫でる。
あたしはどんな顔をして、なんて返事をしたらいいのか分からなくなって俯いてしまう。

「どうした?今夜は俺を祝ってくれるんじゃなかったのか?」

「…そうだけど…」

「なんだ?」

「…ホントは今夜もお仕事した方がいいんでショ…」

「気にすることはない。明日でも充分間に合う話だ。あの事業部長は優秀だし任せておける」

「…だけど…」

…そんな風に結局速水さんに無理させちゃうんだもん、あたしは。
執務机を見れば、おそらくこれから速水さんが目を通さなくてはいけない未決書類がたくさんあって、速水さんと打ち合わせをしたい人はたくさんいて、あたしが速水さんを独り占めしちゃうことは、それだけ速水さんの時間を奪っていることで、あたしは速水さんのお仕事には何の役にも立たなくて…。

あ〜ぁ、どんどんダメダメ思考になっちゃって、ぐるぐる勝手に一人で暗い穴に落ちていく。

「マヤ。君がここから連れ出してくれなければ、俺は自分の誕生日の夜まで仕事漬けだぞ」

そっと顔を上げてみる。
目の前には、それまで纏っていたお仕事中のオーラがすっかり消えた速水さんがいる。切れ長の瞳には優しさが籠もってる。

「俺をここから連れ出してくれないか?それが出来るのは君だけだろう?」

両方の耳の下から速水さんの手が首筋に周り、柔らかくあたしを包む。首筋から速水さんの体温が伝わってきて、くらくらする。心臓がどきどきする。
温かい声。
あたしはこの声が世界で一番好き。

「で…でもっ…。そんなことして…後で困るのは速水さんでしょう…?あたしなんかの為にたくさん時間を使ったりして…」

「なぜ?君と過ごす時間が無くなる方がよっぽど困るのに」

ほら…。
そんな風に微笑むから、やっぱり何も言えなくなってしまう。
だって。
もっと、もっと逢いたい。同じ時間を過ごしたいって。
…あたしは言ってしまうに決まってるから。

「言えばいいのに。何か言いたいことがあるんだろ。そう顔に書いてあるぞ」

うっ…。
ばれてる…。

上目遣いで速水さんを悔し紛れに睨み付けると、そのまま速水さんの胸に抱き締められた。

…かなわない。

あたしは、そっと速水さんの背中に手を回す。

「それから。“あたしなんか”なんて言うな。…もっと自信をもってくれないか。謙虚なことはいいことだがな、過剰な謙虚さは必要ない。女優としても、女性としても。…それから、俺の恋人としても」

「だって…」

「だってじゃない。君は俺の自慢すべき恋人だろ」

…だって、自信なんてないもん。
こんなに凄い速水さんが自分の恋人だなんて、やっぱり信じられないんだもん。

速水さんがもう一度あたしの頭をくしゃりと撫でる。

「まあ、いきなり自信過剰になるのもどうかと思うが、せめて俺に対しては“あたしなんか”なんて言うな。…俺が…寂しくなるからな」

そう言ってにっこりと、優しく優しく笑う。
あたしはなんだか無性に泣きたくなってしまって、口がおかしなへの字になってしまうよ。

「ま、そう言いながらも俺の方こそ時々こんなこともあるけれど」

そう言って、執務机の電話を指さす。

「そんな時は構わず恨み言の一つでも言ってくれ。君だけは俺に恨み言を言う権利があるんだから」

「…く…ださい」

掠れるあたしの小さな声。

「なに?」

「忘れないで…ください。あたしが目の前にいるのに…。あたしこそ…寂しくなるよ…」

速水さんはあたしの顔をじっと見て、それからぎゅっと抱き締める。

「そうだな…。…ごめん。俺が悪い」

速水さんの胸の中は暖かい。
あたしを抱き締めてくれる腕が力強くて、自信なんて全然無いけど、でもここにいていいんだって思わせてくれて、じんわりと嬉しくなる。暖かくて安心する。
ごめん…なんて言葉を速水さんが言うと思ってなかった。
速水さんをずっと見つめていられることも、ここから連れ去ることも、拗ねて恨み言を言っちゃうことも、ごめん…なんて言ってくれることも、全部あたしだけって…、そう思っていいのかな…。

「…うん」

速水さんの腕にはたくさんの愛情が籠もってる。



ふいに抱き締めてくれていた腕を緩めると、速水さんが小さく溜息を漏らす。

「…お腹すいた…」

「え?」

「…実は午前中の打ち合わせがずれ込んで、昼飯を食べる時間が全然無かったんだ」

ぷっ…。

速水さんらしからぬ台詞にあたしは思わず吹き出してしまう。きっとこんな速水さんを見られるのもあたしだけなんだ。

「速水さんでもお腹すくんですね」

「俺だってロボットじゃないからな。君ほどじゃないが腹も減るんだ」

「もうっ!」

あたしは、速水さんの胸にパンチする。
速水さんはその手を軽く受け止めながら立ち上がる。

「やっと笑ったな。さ、行くぞ。お祝いしてくれるんだろ?」

帰り支度をする速水さんに、気持ちが浮上した合図の代わりに明るい声で返事をしてみる。

「うん!ちゃんと美味しいお店調べたんだから」

「君は何でも旨いと言うから、いまひとつ信用できないな」

それなのに速水さんは上着を羽織りながら、さらりといつもの如くイヤミを言う。

「ひどっ!たった今、自信持てって言ったのは誰よっ!!」

「はははは!悪かった。大いに期待してるよ」

高笑いしながらあたしを引き寄せ、素早く唇にキス。
魔法のキスは瞬く間にあたしを最高に幸せにしてくれる。

それから社長室の扉を開けて、二人でお誕生日祝いへと出かけた。


お誕生日おめでと…速水さん。
ずっとずっと大好き。

ずっと…そばにいてね。








fin




11.17.2004
12.03.2004(転載)







 あとがき 



【Y●K●】

咲蘭ちゃんファンのみなさま。すみません。すみません。
ステキなオハナシ作っていただきました。

絵を見せた翌朝に、お話書くね〜のメルが届き、
午後には8割書けたとメルが届き、
深夜に出来上がったとメルが届いたんですが・・・。
ど、どうよ!この仕事のはやさっ!
(↑ワタシが自慢してどうする?)
しかも、タイトルロゴも咲蘭ちゃん作!
もう、うれしくて・・うれしくって。

咲蘭ちゃんありがとう〜〜
かっこいいシャチョーに萌え萌えです。



【咲蘭】

見た瞬間。
うっぎゃ〜〜!!かわええっ!可愛すぎるっっ!!
そして、マスっかっこよすぎるっ!!睫毛ながっ!
頼むっ一本書かせてくれっ!
そして誕マスサイトでアップさせてくれぇぇぇええっっ
…と絶叫する私。
素晴らしい物語を秘めたイラストの状況説明しかできなかったようなコバナシですが、とにかく、私はこのイラストが好き〜〜っつう気持ちを込めてみました。イラストのお邪魔虫だったらごめんなさい。

ていうかですね、Y●K●ちゃん。
頼むから、こんなお宝をタンスの肥やしにするのは止めてください。
もったいなくて、咲蘭は泣けます。





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