恋人ですか?
唐突ですね。
確かトップへの経営観のインタビューと伺っていたはずですが。


…まあ、いいでしょう。
ええ、いますよ。


恋人が、ひとり。


彼女がいるから、生きていることも楽しいと思える。
そんな存在ですね。


楽しいですよ。
まず、見ていて飽きない。
次に何をやらかすか…いつも目を離せない。
まあ…。精神衛生上良くないこともありますがね。


でも、彼女は常に前向きで明快です。
よっぽど私の方が物事を複雑に考えすぎるところがある。
それから、彼女は諦めない。
目標に向かって、どんな困難にぶつかっても、
諦めない精神力がある。
そして、感謝する心を知っている。


彼女によって自分が変わったところ…?
そうですね。
それは、たくさんあるでしょうね。


そもそも、以前の私なら
こんな類の話をいつまでも続けたりしませんね。
“こんな類”とは、直接利益に結びつかない話題ということです。
ああ、失礼。
そうではなくて、きっと今あなたがしているこの質問も
なにかしら此処の経営に影響があるのではないかと
考えているのでしょう。
決して無駄話を持ちかけているわけではないと分かっていますよ。


以前の大都グループは、ご存じとは思いますが、
いわばワンマン的な経営を行っていました。
私が、グループのトップとなった現在、その古い体質を改め
組織力を高めることに、より一層の努力をしています。
人の力を引き出す組織とするために。


それぞれの人間の持つ潜在的な力を信じることにしたのです。
人を信じようと考えることができたのは、
紛れもなく、彼女のおかげです。
そういう意味では、昨今の大都グループの収益率のアップの影にある
彼女の貢献度は大きいと言えるかもしれませんね。
もちろん、実質的に素晴らしい働きを見せてくれているのは
大都グループの優秀な社員たちですが。


いや、恐らくご想像されたよりも会っていると思いますよ。
確かに大都芸能社にいた頃よりも、グループの総帥となった今の方が
任されている責任も大きいですが、
時間や人の使い方が、以前より巧くなったように思いますね。
むしろ私より彼女の方が、仕事に拘束される時間が不規則ですから
私の方が彼女に合わせているかもしれないですね。
そう驚くことでもないでしょう。
以前から私は、鬼のように世間一般的には思われているようですが、
そうでもないんですよ。
少なくとも彼女に対してはね。
ははは…構いませんよ。
経営者の恋人が誰かなんて、世間の人はそう興味もないでしょう。








***









「ちょっと…速水さん。なにこの記事?インタビュー記事の冒頭、あたしの話じゃないっ」

「そうだな。それほど話したつもりは無かったがな」

「こんなお堅そうな経済誌で、なんであたしのことが…」

「誰も君のことだと思ってないぞ。俺の恋人の話だからな」

「あ、棘のある言い方して…」

「世間の人は、速水真澄の恋人が、あの北島マヤとは知らないぞ」

「あの…って、なに?」

「速水真澄をゲジゲジのように嫌っている天才女優という意味」

「もぉぉぉ〜…」

「その真実は、こんなにも愛されてる」

「きゃっ…ちょっと…もぉ…笑いながら言わないでよぉ」

「君といると笑顔が絶えない」

「なんか笑われてるみたいなんですがっ」

「愛情を込めて笑顔を贈っておりますが」

「う〜…」

「その頬を膨らませた顔は、中学生の頃から変わらんな」

「もうっっ!!!」

「くっくっくっ…暴力反対!…こらっ!じゃあ、口封じだ」

「っん…ん…ね、もう…公表したくなった?」

「そろそろ堂々と街のど真ん中で君を抱き締めてみたい」

「…速水さん…人格変わったような…。以前はこんなこと言い出すような人には見えなかったような記憶が…」

「変わってない。前から俺はこんなだぞ」

「う──っ、以前の速水さんを思い出せなくなってきつつあるっ」

「思い出さなくて良し。目の前にいる俺が俺の全てだ」

「速水さん…」

「ま。俺は、中学の頃からのチビちゃんを絶対に忘れないがな」

「きぃ────っ!!」

「もう公表してもいい頃だと思う。君の女優としての基盤も充分に固められているし、俺の後処理も片づいて総帥としての立場も落ち着いた。もう、マイナスになる点はないように思う」

「…そうかな…」

「そうだよ」

「あのね、…あたしひとりのことなら、なんだって怖くないけど…。だけど、あたしの存在が速水さんを困らせることになってしまうことだけは絶対に厭だと思って、ずっと公表されるの怖かったんだ」

「マヤ…」

「でもね、だからといって、速水さんと離ればなれになるのはもっと怖い。速水さんのいない世界なんて、もう考えられないもの」

「………」

「だからね、考え方変えたんだ。あたしが速水さんを守ろうって。あたしの存在が速水さんを守れるぐらいの人になろうって思ったの」

「守る…?」

「うん。あたしといると、速水さんがもっともっと有能な人になる。あたしといると、癒される。例え何か速水さんにとって不測の事態が起こったとしても、あたしという存在が速水さんを助けられる人になる。…そうなれたらいいなって思ってたの。だから、この雑誌であたしの貢献度が大きいってお世辞でも言ってもらえて嬉しかった…」

「…俺の思う俺の恋人の美点は、何一つ間違っていないな。前向きで明快でどんな困難にぶつかっても諦めない精神力。───だが、たった一つの欠点がある」

「え…?」

「君は自己分析がまるで出来ていない」

「どういう…」

「つまり、君の目標は、君が目標を立てるずっと以前から達成できているということだ」

「速水さん…?」

「君は俺の恋人になるずっと以前から、俺を守ってくれてる。たぶん、俺が君を守っていたよりも、もっとしなやかに。そして、俺の恋人になってからは、もっと確実に」

「…すごいね。ふたりでいると、こんなにも力強いんだね」

「なにも怖くないだろ?」

「うん。怖くない…。全然怖くない」

「よし。それが錯覚じゃないことを祈ろう」

「えぇ〜〜っ!?錯覚なの、これ?」

「死ぬまで錯覚し続ければ問題ないだろ。…と、そんな話を聞いたことがある」

「…うわ〜…」

「たとえ錯覚でも、錯覚し続けて、永遠に恋人でいよう」

「…うん。…ずっとず──っと、あたしの恋人でいてね、速水さん」

「もちろん。俺の恋人は君しか考えられない」







fin




06.06.2004







 あとがき 


まー、自己分析ができていないことについて、アナタにとやかく言われたくないんですが、速水社長(いや、総帥か)。
イラストコーナーに入れております。novelに入れるほどのお話になってないんでさ(^^; つーか、永遠にそうやってしゃべっていて下さい…と思うぐらいオチを付けられずに、ただ、だらだらとしゃべらせ続けてしまいました。
たわいない会話を添えたかっただけなんです。(出たっ言い訳っ)




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