written by 咲蘭  








その日の真澄は朝からすこぶる機嫌が良かった。この数ヶ月懸案になっていた海外アーティストとの契約問題が双方納得の上で解決したし、この冬の大都劇場のチケット前売り状況も上々、大都の主催するイベントも大いに盛り上がり、…つまり、何もかもが自分の思い通りに動いているのが実感できた朝だったのだ。
その真澄の機嫌を損ねる結果になったのは、豆台風の襲来が原因だった。いや、豆台風はいつでもどこでもどんな時だって全面的に大歓迎なのだが、その襲来の中身が問題だった。

社長室に例のごとく突然現れたマヤは、つかつかと真澄に近づくといきなり真澄の左頬をひっぱたいた。乾いたかなりいい音がした。その場にいた水城もさすがに息を飲む。真澄は、まさかいきなりこんな事態になるとは思わず(というより社長室に乗り込んできたマヤの姿にちょっと浮かれていたともいう)、身構える間もなく無防備にたたかれ呆然とする。
さっぱり意味がわからない。
ところが当のマヤは、口をきゅっと引き結び瞳に怒りを滲ませたまま、ウンともスンとも言わない。理由も言わずに突然ぶたれ混乱する頭で、真澄はつい怒鳴りつけてしまったのだ。

「チビちゃん、なんなんだっ!!理由も言わずに俺をひっぱたくとは全くいい度胸だ。どんな事態になることも覚悟の上なんだろうな。いったいどんな理由があるというんだ。言ってみろっ!だいたい君は今は学校にいるはずの時間じゃないかっ」

とたんにマヤの大きな瞳が揺れ、つつーっ…と涙が一筋こぼれおちる。両手は制服のスカートを握り締め、瞳は相変わらず真澄を睨み付けたままだ。
女の涙に弱いのは男の常だが、真澄に関して言えば女に泣かれたところで簡単に振り回されるような男ではない。冷静・冷徹・冷血であることは他人に言われずとも自覚するところだ。ところが唯一、この世の中のたった一人の女性…この少女にだけは真澄も狼狽する。マヤの涙にだけは冷静に対応することができないのだ。

「なっ…チビちゃん、何も泣くことはないじゃないか。だから一体何があったのか話してくれなければ、何もわからないじゃないか…!?」

いきなり弱気になる真澄もどうかと思うが、秘めたる想いを抱えているのだから、ここは大目に見てあげたい。

「…だって…、だってっ…、速水さんがひどすぎるんですっ!あんまりにもひどすぎてっ…。理由なんて言わなくても、速水さんが一番よくわかるでしょう!?」

真澄はマヤの言葉を必死で反芻してみる。

ハヤミサンガ ヒドスギルンデス
アンマリニモヒドスギテ…

って…おい。何も思い当たるフシはないぞ。このところ正直言ってかなり普通に忙しかったし、チビちゃんは学校へ通う日々で特別俺が何か裏工作をするようなことは一切無かったはずだ。

もう一度、脳内で一巡り最近の行動を振り返ってみたりする。
何もない。何もないぞ。

「俺が君に何をしたというんだ?君が怒るようなことは何もしていないと思うが」

真澄の言葉にマヤは目を三角にして怒りを露わにする。

「速水さんが、紫のバラの人に手紙を書いたんじゃないですかっ!!もう、あたしにバラを贈るのはやめろって!ひどすぎるっ!」

こめかみに手をあてて目を瞑る。
俺が紫のバラの人に手紙…。

「…ちょっと待て。話の主旨がよくのみ込めない」

俺が俺に手紙を書いてどうするんだ。

真澄がふと視線を上げると、先ほどから控えている水城と目が合う。どうやら水城はこの事態を面白がっているようだ。助けを求めるように視線を動かすと、水城はおもむろに一歩マヤに近づいた。

「マヤちゃん、どうして社長が紫のバラの人にそんな手紙を書いたと思うの?先方から何か言ってきたのかしら?」

「手紙が来たんです。紫のバラの人から。その手紙に、もうバラは贈れませんって…。…それから、…速水さんが紫のバラの人に書いた手紙も…同封されてました…」

学生鞄からその手紙を出しながらマヤは涙声になり悔しそうに嗚咽を始める。

「そんなにしてまで、あたしを潰そうとするなんて…。速水さん…なんてひどい人なの…うっうっうっ…」

「とにかくマヤちゃん…落ち着いて。その手紙、ちょっと見せてもらってもいいかしら」

嗚咽しながら水城に手紙を差し出す。
白い何の特徴も無い定型封筒。
中には文字の印字された白い印刷用紙。


北島マヤ様

今日は悲しいお知らせをしなければなりません。
あなたにもう紫のバラを贈ることができなくなりそうなのです。
大都芸能社の社長からあなたに紫のバラを贈ることをやめなければ 私に危害を加えるとの手紙が届いたのです。
彼ほど冷徹に事を推し進める人はいません。
あなたにバラを贈れないのはとても悲しいことですが、 いつまでもあなたを見守っています。

           あなたのファンより


そして同封のもう一通の直筆の手紙。


北島マヤにこれ以上紫のバラを贈るのは止めた方がいいでしょう。 このまま続けていればあなたに危害が及ぶ危険性があります。
悪いことは言いません。
やめることです。
                速水真澄


水城は一瞥すると黙って真澄に差し出す。
真澄はその手紙を見比べて余りに稚拙な内容に眩暈を起こしそうになる。こんなことをしていったい誰が得するというのか。まったくアホらしくて話にならない。

「真澄様…。どうでしょうか?」

水城が敢えて真剣な心配顔で真澄に尋ねる。

どうもこうもあるかっ。
偽物に決まってるだろうがっ。
その笑いを噛み殺した顔をやめろ。
だいたい俺はそんなつまらん白い印刷用紙などバラに添えて贈ったことはないぞ。どうせつまらん工作するなら、もう少しマシな手紙を作って欲しいもんだ。

「偽物だ。この直筆の文字は俺の字じゃない」

「ほ…ホントですか…?」

マヤはそれでも疑い深い視線を真澄に投げる。

「だいたい紫のバラの人はいつも直筆で手紙をくれるんだろう。なぜ今回に限って素っ気ない印刷用紙に印字された文字なんだ。答えは簡単だ。これを作った犯人は紫のバラの人の筆跡を知らないからだ。真似ることが出来ないから印刷文字にしたんだろう」

「あ…そ…っか…」

「…それに、俺は紫のバラの人がどこの誰かを知らない…」

「…そう…ですか…」

どうやらマヤは納得したらしい。
単純で助かる。いや、そこがかわいいのだが。
まったくどこのどいつか知らないが、マヤを潰そうとするやつは、この俺が許さない。すぐに聖に事の詳細を調査させよう。

「あ…じゃあ、この偽手紙がホントに速水さんの書いたものじゃないか証拠を見せてください」

「なにっ?」

「速水さんの直筆の字が見たいんです。この字と違うようだったら、速水さんを信じます」

それは…つまり…。

水城がさりげなく真澄の机の上に広げられた真澄の直筆署名入りの書類を片づけ始める。真澄も素早く頭を回転させる。

俺の筆跡を確認する。それは、つまりイコール俺の筆跡と紫のバラの人の筆跡が同じだと、マヤの目の前に示すことになるじゃないか。
偽手紙の疑いは見事晴らすことはできるかもしれないが、それ以上におかしなことになりそうじゃないかっ…。

「いいか、よく考えるんだ。俺が紫のバラの人を脅して何の得があるというんだ?だいたい君は紫のバラの人のためだけに女優になりたいのか?紫のバラが貰えなければ芝居ができないとでもいうのか?紫のバラなどほんの気休めだろうが。紫のバラの人だって、君がその程度の気持ちで女優になりたいなどと言っていると知ったら悲しむんじゃないのか?そもそも俺が君を本気で潰そうと思うなら、もっとマシな方法を実行するぞ。そんな回りくどい手など使わん」

人は都合が悪いことを隠そうとすると饒舌になる。まさに今の真澄だ。さすがに頭の回転の速い男。その口からつぎつぎとマヤを煙に巻く台詞が出てくる。反論する隙間もない状態にマヤは呆然としながら右の耳から左の耳へ台詞を通過させてはいたが、はっと我に返ると猛然と反撃に出る。

「じょっっ冗談じゃありませんよっ!そんな中途半端な気持ちで女優になりたいと思っているわけじゃありませんっ!!!ただっ、あたしは、ホントにホントに紫のバラの人に感謝しているんですっ。今もこうしてお芝居できるのは紫のバラの人がいたらかなんですっ!速水さんなんかに、この気持ちがわからなくたって結構ですっ。それに、あたしは速水さんには絶対に潰されたりしませんからっ。何をされたって全然平気ですっ!絶対にあたしが紅天女になってみせるんですっ!」

その姿を真澄は半分惚れ惚れしながら眺める。
若干、心にひっかかりを感じながら。

「さっ。早く、速水さんの直筆の文字を見せてくださいっ!」

結局、話は振り出しに戻り、にわかに真澄の様子がが慌ただしくなる。ソファからそそくさと立ち上がると左腕の腕時計を指差しながらその辺の書類を手に掴み、急ぎ出口に向かう。

「あー…、水城くん。もう次の会議が始まるだろう。悪いが、彼女を納得させて学校へ送ってやってくれ」

「ちょっっ…、速水さんっ逃げるんですかっ!?信じらんないっっ」

社長室を素早く出て行った真澄を、マヤがソファを立ち上がってに大声で抗議する。

水城は半分呆れながら困った二人眺める。
まったく…手のかかる二人だこと…。


面白いけど。









真澄がその日の仕事を終えて大都芸能本社を出たのは夕方6時半。
そんな有り得ないほど早い時間に帰ることができたのは、その後プライベートと仕事が半分混在したような接待が待っているからだ。接待と呼ぶべきか、デートと呼ぶべきか。今度大都劇場で主演する某大物女優をもてなす仕事が入っている。その歳も40を超えて更に艶を増している女優は真澄をいたく気に入っており、なにかと理由を付けては食事に誘ってくる。そのまま食事の後も付き合わされることもある。真澄の名誉のために言及しておくと、それは真澄にとっては紛れもなく接待でありそれ以上でもそれ以下でもない。食事以降の予定まで自ら望んで誘ったことは一度もない。

水城に予約させたレストランの個室へ向かう。溜息をひとつ。それから、気を取り直して扉を開ける。そこには、香水の薫りを漂わせた女優がいるはずだ。女優を機嫌良く持ち上げていろいろと満足させることなど簡単なことだ。


「あっっ!!速水さんっっ!今朝は申し訳ありませんでしたっっ!!」


なっ………!?


目の前の光景に我が目を疑う。
自分は何かを間違えてしまったのではないか?例えば、来る場所とか、開けた扉とか。開けた扉が“どこでもドア”だったとか。そこにいるのは、香水の香りを漂わせた大物女優ではなく、高校の制服に身を包み、直立している天才女優だ。

「……俺は君の幻を見るほどまでに、おかしくなったのか…?…こんなところで何をしている、…チビちゃん…」

マヤは、顔を真っ赤にして直立したまま大声で答える。

「速水さんに謝りに来ました。今朝はいきなり頬をぶったりしてごめんなさいっ。大変な失礼をしてしまいましたっ!」

それから90度きっちり腰から体を半分に折り曲げて頭を下げる。

「…事態を把握できない状況は今日はこれで2度目だな…。…なぜここにいる…?」

真澄は椅子に腰掛け肩肘をテーブルにつくと再びこめかみに手をあてる。それから左手でマヤにも座るように促す。マヤは椅子に腰掛けながら事情を説明する。

「あ、えーと。結局、今朝速水さんが会議って言って社長室出ていった後に、水城さんに速水さんの直筆の字を見せて欲しいってお願いしたんです。水城さん、なぜかとても困ってましたけど、無理矢理手に持っていた書類を見せてもらったんですよ。それで、あの手紙が偽物だってことに一応納得して…。あ、水城さんを怒らないでくださいね。あたしが無理矢理見たんだから。
で、あの、あたしったら、いきなり確かめもせずに速水さんのことぶっちゃって、謝りたいって言ったら、水城さんが、じゃあ夕方ここにいらっしゃいって…」

なるほど。
俺の直筆文字を見てあれが偽手紙だと納得したのか…って、おい…。
署名の文字を見た?
俺の直筆の文字を見ただと?

真澄は恐る恐るマヤの顔を見る。
気付いたのだろうか。
紛れもなく真澄自身が紫のバラを贈り続けている男だということを。
柄にもなく心臓が高鳴ってどうにも落ち着かない。

「速水さんって、思ったより柔らかい字を書くんですね。もっと尖った字を書くのかと思ってましたよ。なんとなく〜」



脱力。



のんきにそんなことを言うか。
……ま、まあ良かったじゃないか…気付かれなくて…。
気付かれたら、きっとまた「ひどい」だの「だましたのね」だの「大っ嫌い」だのと言われるのだろうから。
そうに決まっている…。
真澄は全身から力が抜け返事をする気にもならない。
のんきなのか。鈍いのか。まあ、そこがかわいいのだが…。

一向に返事をせずに複雑な顔をする真澄にマヤが不安になる。

「…あの…怒ってます…?速水さん…。あたし、速水さんをひっぱたいちゃったりして、どんな事態になることを覚悟したらいいんですか…?」

「あ…?」

ああ、そうか。ひっぱたかれたとき思わず「どんな事態になることも覚悟の上なんだろうな」などと怒鳴ったような気がしないでもない。そんなことを言われたら、あんなこともこんなことも覚悟させたくなるが、それはまだチビちゃんには早すぎる…。…って、俺は何を考えてるんだっ…。

そこへボーイがシャンパンを持って入ってくる。

「ドンペリ…?頼んでないぞ」

「はい。こちら水城様からのプレゼントでございます。速水様、お誕生日おめでとうございます」

「えっ?…速水さん、今日がお誕生日なんですか?」

言われて気付く。そうだったかもしれない。
真澄は自分の誕生日の存在がすっかり記憶の彼方になっていた。特別に誰かが祝ってくれるわけではない。それに年齢を重ねることが嬉しい歳でも既にない。しかも、ここで一つ年齢を重ねてしまえば2月のマヤの誕生日までの間は年の差12歳だ。…いや、そんなことはどうでもいいのだが。

「…そうだった。今日は俺の誕生日だったな…」

なるほど水城の考えそうなことだと思う。某大物には予定をうまいことキャンセルさせて、マヤをここに呼ぶあたり抜かりがない。誕生日のディナーをマヤとどうぞ…というわけか。

「では、チビちゃんに俺の誕生日を祝ってもらおうかな」

「…なぁんか変なことになってきちゃったなぁ〜…」

ぶつぶつと小さな声で呟くマヤに、真澄はにやりと笑いかける。

「俺をひっぱたいた借りは高くつくぞ。いやなら今夜はつきあえ」

「えっえっ?…今夜はっ…!?」

鈍感なマヤにしては敏感な反応だ。
なぜか真っ赤な顔をして驚き困惑している。これは面白い。

「なんだ、食事が終わったらアパートに送っていこうかと思ったが、もっと付き合ってくれるつもりか?俺はそれでもかまわんが」

「ちっっ違いますっっっ!!!ほらっ!お祝いしてあげますよっ!」

そう言ってシャンパンのグラスを奪うように掴むと、ボーイに「注いでくださいっ!」と耳まで赤くして叫んでいる。

くっくっくっく…。
これは最高だな。

シャンパングラスに輝くピンク色の液体が注がれる。
細かい泡が華やかに湧き上がってくる。

「うわーキレイっ!…で、速水さん、今日で何歳になるんですか?」

「…まだ20代だ…」

できれば歳の話は避けて通りたかったらしい。“まだ20代だ”…この言い方こそ年齢を異常に気にしている証拠に他ならない。けれど、ここは鈍感なマヤがまだ年齢の話を続けてしまう。

「あたしが今17で、2月で18になるんだから…」

「………」

「あっ!20代最後の誕生日ですねっ♪」

「うるさいっ。もうこの歳になると、年齢なんてどうでもよくなるんだっ!ほら、誕生日の歌でも歌ってくれ。それでぶたれたことは帳消しにしてやろう」

「それは勘弁してくださいっ!!おめでとうございますっ!速水さんっ!!」

クリスタルのシャンパングラスが透明な音で交わった。
煌めく泡が心を浮き立たせてくれる。
マヤはグラスの中身を口に含むと、ごっくんと一気に飲み込んだ。おいおい未成年だろう…しかも制服で…。というツッコミは謹んでお受けするが、今日はお祝いということで、生温かく見守ってみたい。

「うっわぁぁああっっ……。おいしいっ!」

当たり前だ。最高級のシャンパンだからな…という言葉を真澄は飲み込む。そんなことは彼女には関係ない。ただ、素直に感じた気持ちを言っているだけなのだから。真澄はドンペリの重過ぎない優しい酸味と豊かな味を楽しみ、さらに目の前のマヤが楽しげにおしゃべりする姿を充分に楽しんだ。真澄にしても、それがドンペリではなくても、安い1000円のシャンパンでもそこにマヤがいるだけで充分に美味しく感じられただろう。マヤはシャンパンを美味しく飲み、食事も何を食べても美味しいと言い、食後にケーキが出ればそれも別腹で真澄の分までたいらげた。

世にも幸福なバースディ・ディナー。

すっかり満腹ですっかり酔っぱらいなご機嫌マヤが最後に呟く。

「実はですねぇ。速水さん。あたし、すっごい発見したんですよぉ〜」

「なんだ、発見って…」

「速水さんの字ぃ〜」

どきっ…。

「なんとっ、紫のバラの人の字に、ちょっと…ううん…か〜な〜り…似てるんですよぉ〜」

なっっ…
真澄の心臓が早鐘のように打ち始める。

「世の中、不思議なことがあるもんですねぇ〜〜」


・・・・・・・。


…そこまで気付いていて、それが同一人物だと繋げてもらえないあたりが微妙に悲しい。

俺があのメッセージをいつも書いているんだ…なんて言ったらマヤはどんな顔をするのだろう。やはり騙されたと怒るのだろうか。

…いや、もしかしたら…


「チビちゃん…。も…もしも…俺が…」


…ってオイぃぃっ…!!


最大限のツッコミを心の中で入れるしかない。
真澄の目の前で、マヤはご機嫌な顔のままテーブルに突っ伏しすやすやと眠りについていた。


いや、これでよかったんだ。


…と思うことにしよう…。









「ひゃーっ!ごめんなさいっ!あたしったら、そこで眠っちゃったんでしたっけ?それで、その後どうしたんですか?」

「ちゃんと送り届けたよ、君のアパートまで。青木君に未成年に酒を飲ませるなんてどういうことなんだと、とても責められました」

「ひえぇぇ…かさねがさね、ごめんなさぁい」

「ま、飲ませたのは俺だからな」

「それが5年前の今日の出来事ですか。すっごく美味しかった記憶だけはあるんだけどなぁ…。でも、それ以上の記憶が…ははは」

「…君らしいよ」

「それは、どうも」

「それにしても、字が似てるって気付いていたのに、あの時は俺と紫のバラの人は全く結びつかなかったんだな」

「え〜、だって、まさかそんな訳ないと思ったし。こんなに似てる字を書く人もいるだ〜……とか…。…がっかりしたの?」

「…まあな」

「…ごめんね」

「どういたしまして」

「…って、コレやっぱり美味しい〜」

「おい、あまり飲み過ぎるなよ」

「だってこのピンクの泡もキレイだし美味しいし、止まんない」

「…まあ…飲み過ぎてもいいが、今夜のことは覚えていてもらうぞ」

「えっ…ええ…、はい…?」

「なんと言っても、俺はこれから君にプロポーズしようと計画しているんだ。忘れられちゃ困る」

「……」

「なんだ、そんな顔をして」

「…だって、嬉しいんだもん…」

「…それは、すでにOKの返事が貰えたと思っていいのかな?」

「だめ。ちゃんと言ってくれなくちゃ返事しない」

「…くっくっく…。じゃあ、改めて」

「……」

「北島マヤさん。俺と結婚してくださいますか?」

「…はい…」


真澄は煌めく泡を放つシャンパンのクリスタルグラスを、マヤの手から取り上げベッドサイドボードに置く。振り返って微笑むと、白い素肌のマヤを腕の中に抱き締め、髪に目蓋に頬に唇に首筋に、降り注ぐようにキスをする。















fin




11.02.2004
12.02.2004(転載)







 あとがき 



それで、あの偽手紙の謀略はいったい誰が…?
え〜〜っと、そうですねぇ。乙部さんとか、高校の演劇部の関係者(和解前)とか、イロイロ考えたんですが今ひとつで…。まあ、それが誰の仕業か…ということは、あまり考えなくてもいいような戯れ言なお話ですので、それ以上つっこまれませぬようお願い申し上げます。(逃っ!)

で、改めまして。

真澄様。
お誕生日おめでとうございますっ。もうこの際、アナタ様がいくつでも構いません。そんなことは些細なこと。
どうぞ、これからも心おきなくマヤマヤ言い続けてくださいまし。
(いやん、幸せになってください…が正解だったわっ)











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