■□ 幸せな春の囁き □■









「真澄様、お幸せですわねぇ…」

全てを片づけてマヤと正々堂々とつき合いだしたのは、つい先日のことだ。マヤのスケジュールを確認しながら、俺の予定を一部組み直し、内容を報告してきた水城君が最後にそう付け足して言った。

「そうだな」

視線を合わせずに気のない素振りでそう答えると、乗ってこなくてつまらないという風情で、水城君は頭を下げると社長室を出て行った。

シガレットケースからRukiの煙草を一本取り出し、机の上で数回トントンと踊らせてから口にくわえる。いらいらする。


幸せか?
それは、幸せじゃないと言ったら嘘になる。
きっと叶わないと思っていたマヤへの想いが奇跡的に成就し、有り得ないと思っていた不利益無き鷹宮との婚約解消も成功し、まさに順風満帆、明るい未来というわけだ。


だが、人間とは欲張りな生き物で…。


いや、単に俺が欲張りなだけかもしれない。
何の問題も無いこの状況で、勝手にイラついているのだから。


溜息と煙が、細く長く社長室に流れる。












「速水さん、もしかして、ちょっと怒ってますか?」


車の助手席で、さっきまではしゃいで窓の外の風景や昨日までの出来事を喋り続けていたマヤが、ふと静かになり、上目遣いでこちらを伺いながら、聞いてきた。


「なぜ?怒ってなどいないが…」


前を見て運転しながらの俺の返事に、不満そうな顔になる。


「だって、さっきからロクに返事もしないし、眉間に皺は寄ったままだし、目はやっぱり怒ってるように見えるし…」


車は桜の季節を追い掛けるように東北自動車道を北上して、今まさに満開の季節の中にいる。


「降りようか」


マヤの問いには答えずに、車を道路の脇に寄せて土手沿いの桜並木に降り立つ。満開の桜並木の下には菜の花が一斉に咲き誇っている。そして空は柔らかい春の青だ。


「うわぁ…きれい……」


花の中にいるマヤは、その花よりも、もっときれいで、愛しい。
桜の花びらが、ゆるゆるとマヤに降る。
舞台や映像の中で輝くマヤは、それを観た全ての人々のものだが、今此処で、飾らない笑顔で桜を見上げるマヤは俺だけのものだ。


「ありがとう…速水さん。コレが見たかったの。満開の桜と菜の花のコントラスト…。ホントにきれいね」


満開の笑顔のマヤに、俺が微笑む。


「あ、よかった。笑った。…よかった」


「怒ってなどいないよ。君といる時間は、なによりも幸せだ」


「そっか…」

少し顔を赤らめて下を向く。


「でも、やっぱり何か怒ってる。絶対、なんかヘンだもん…」

「いや…」

「なにかあたしに不満があるなら、言ってくれなくちゃ、わからない。伝わらないよ。あたし、何か嫌われちゃうようなことしましたか!?」


怒っているんじゃない。
ましてや、嫌うなどとあるわけがない。
そんなわけはない。
そうじゃない。

そうじゃないけれど…!


「じゃあ…君はどうなんだ?俺は君にその時の気持ちをちゃんと伝えている。君といる時間は幸せだ。君が好きだ。君を愛している。君は俺にそんな気持ちを言ってくれたことがあるか?言わなくちゃ伝わらないんじゃないのか!」


一気にまくし立てる俺にマヤが驚き、一歩後ずさる。
マヤの前では自分を作ることも誤魔化すこともしたくない。怖がらせるつもりもない。喧嘩をするつもりもない。もっと他の言い方があることだってわかっている。俺が大きな声を出したら、怖がらせてしまうこともわかっているのに。

…自分の中の苛立ちをマヤにぶつけてしまった。

くそっ……

何を言っているんだ…俺は…。


マヤはいつも俺の側にいるときは、幸せそうな顔をしているとは思う。初めて俺が告白したときも、嬉しそうに泣きながら何度も頷いていた。それを疑っているわけじゃない。

ただ…

ただ…一度でいいから…




「速水さん…」


俺のシャツを引っ張りながら言う。


「速水さん、背が高いから、ちょっとだけ座って」


マヤがこんなときにも、彼女らしく唐突なことを言い出す。
気まずい空気が痛いがマヤの言葉に従い、黄色い菜の花に埋もれるように地面に座る。

マヤを見上げる俺にも桜の花びらがゆるゆると降ってくる。


俺が座ったのを見届けると、隣にマヤが立て膝をついた。
そして、そっと俺の耳に顔を寄せると、小さな声で囁く。







「速水さん…大好き…。愛してる…。ずっと側にいたいデス…」






幸せな春の囁き挿絵




え…?




「ホントです…。ずっと…、いつも、言いたかったけど、でも、なんだか恥ずかしいし、それに、あたしなんかがそんなこと言っても速水さんが喜んでくれると思えなかったし…」


横を見ると、マヤが耳まで真っ赤にして必死な顔で、俺に訴えている。 見ようによっては、怒っているように見えるかもしれない。



くっくっくっ…



笑いが漏れる。

幸せだ…。
間違いなく。
脅迫に近かったかも知れないが、とうとう聞いてしまった。


「ほらっっ!!やっぱり、速水さん、笑うじゃない!!あたしみたいなチビがこんなこと言うなんて可笑しいと思っているんでしょう!だから、言えなかったのにっ!!」


軽快に笑う俺をマヤが睨みつけている。
その華奢な手首を掴んで、そのまま引き寄せると、強く抱き締めた。


「幸せだから、笑っているんだ。君の気持ちが聞けたから」



「わかっていたけれど…、ずっと聞きたかったんだ…」




俺の言葉に肩の力が抜けた柔らかいマヤと笑う俺を、春のそよ風が優しく撫でる。
花の中で戯れるように抱き合う。キスをする。


菜の花が波のように揺れ、桜の花びらが雪のように舞う。



花の景色と
マヤの囁いた声と
この真っ赤な顔は


死んでも忘れない…










それにしても、一度でいいというのは、間違いだな。

俺は欲張りだから…、


何時でも何度でも聞きたいんだ…








fin



04.18.2004








あとがき



■ルウキさんのリクエスト

テーマは”春の囁き”。マヤちゃんが速水さんに愛の言葉・・(速水さんv大好きvv)なぞ、社長の耳元に囁いてる「イラスト」がいいでっす!!!
桜の花びらなど散ってたら、なおいいなぁああ!!!

「イラスト」でというご指定でしたが、気が向いてしまったので勝手に小咄付けてしまいました。すまぬ、ルウキさん。


■ルウキさんより

まさか、小説がついてくるなんて・・!!!(*」○□○**)張り切って読ませてい ただきました!
いきなり不機嫌まっす〜が出てくるんだから、どうなっちゃうの!?
と興奮しながら読み進めていきますと、おおお!Rukiなんて言葉が!!
真澄さまの"おタバコ"になってうちが登場してるし!!(爆笑)
真澄さまに使っていただけるなんて、たばこ人生、捨てたもんじゃないわ〜 
  
そしてそして・・・・出た〜〜〜〜!!!!!
”幸せな春の囁き”と題された、YOYOさんのイラスト!!
顔、にやけっぱなしですわ!!まぁどうしましょ。
春をめいっぱい感じさせていただきましたv幸せオーラ全開でございますね!!!
マヤチャンの表情ももちろんですが、まっす〜〜〜か〜わいい〜〜(*>▽<*)
見たぜ!!まっす〜照れ線!!も、もう相当かわえええ〜〜!!
桜の花びらもちょうど良く2人にふりそそいでおりますわ〜!
ああ・・・春・・・!いいねぇこういう2人。
こんな幸せ画、待ってました!
小説もどきどきありでとっても素敵vRukiたばこもあるし♪
最後の”何時でも何度でも聞きたいんだ…”てな言葉にめちゃくちゃ叫んでしまいま した!!!しびれる〜〜〜(>w<**)
単純でかわいい社長、大好き!
少年の心は永遠ですねv

うはは(*´▽`**)とっても癒されましたわv最近の私の疲れが全てふっとびまし た!!元気がもりもり出てきます〜〜!
36363、GETして、まじでよかった〜〜〜!!!
YOYOさん、幸せをどうもありがとうございましたvvv(*^▽^*)/

たばこルウキより  ‖
            「―――] 
             |゜v゜**|
             ―――― 
 

■咲蘭の言い訳

リクエストを読んで脳内に浮かんだ絵を転がしているウチに、こんなしょうもないシチュを思いついてしまい、そのままお話ちっくにしてみました。
もうっ、社長ったら、たんじゅーーーーん!
まったく子供じみた気持ちで深刻に不機嫌になっちゃうんだから、困ったさんね♪
…って、おい。
不機嫌の理由がソレかよ。
ま、男の人ってぇのは、そんな些細なことをずっと気にしていたりするコトもあるわけで。こっちから見ると、なんで怒ってるの?みたいな。
まあ、永遠に少年の心を持ち続ける男・速水真澄っちゅうことで(←そうだったっけ?)許してください。

ルウキさんゴメンね〜〜〜〜。
せっかくのリクエストがこんなオトナの余裕の欠片も全く無い子供じみた女々しい社長になっちまってよぅ…。しかも、ルウキさんのお名前、煙草の銘柄にしてしまいました。力量不足でごめんなさい。社長がお口にくわえた煙草ってことで許してもらえませんでしょうか。(許される材料なのか?)

と、謝ったところで、どうぞ、これイラスト共々お話も貰ってやってくださいませ。
36,363ゲト!!ありがとうございましたっ!!!



…なんとか、日本列島に桜前線が残っているうちにアップできてよかった…。

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